近年、技術革新によって簡単に取り扱える機器や食品が普及したため、誰もが食ビジネスに参入しやすくなっている。しかしその恩恵の一方、技術、知識レベルの低下を招いてもいる。独自の価値を打ち出すマーケティングもしづらくなり、それが非科学的な宣伝等が氾濫する背景にもなっている。食ビジネスは、技術の進歩に伴って、携わる人々の知識、技術、美意識、愛情のレベルを高める努力をしていく必要がある。
世の中は年々、そして日々、便利になっています。
たとえば自動車は、かつては専門知識のある技師・運転手を雇うかオーナー自身が機械に詳しくなければ、維持管理できないものでした。多少扱いやすくなってからも、エンジンの温度や回転数に気をつかったり、オイル交換の時期を見計らったりといった配慮が必要でした。しかし現在は、機械の知識も、特別なドライビング・テクニックも、さらに地理的な知識も必要なく、ほとんど誰でも自動車を利用することができます。
ところが一方、そのように万人向けの機械となった自動車は、オーナーの”愛着”を必要としなくなったという側面もあります。すると、自動車を乱暴に扱い、壊れるとディーラーに文句を言うといった、新しいタイプの顧客が登場します。自動車に魅力を感じない若者の登場で、販売台数に陰りが出ていることも、現在の自動車の高い性能と無縁ではないでしょう。
同じことは、私たちの衣食住に関するあらゆるものに同様に起こっていると言えるでしょう。生活に関するものだけでなく、仕事に関するものにも、同じことが起こっています。
たとえば、かつては飲食店を開業したり、食品を扱う小売店を開業したりするには、調理や加工について修業を積んだ人材が必要でした。しかし、現在はほとんど食材や調理の知識や経験のない人でも、またとくに食に関して思い入れのない人でも、多少の資本があればすぐにでも飲食店や小売店や通信販売業を開業することができます。
調理機器や加工機械は年々、日々、便利になり、操作は単純で、ほとんどの工程が自動化された機器も珍しくありません。また、簡単な機器で温め、封を切って盛り付けるだけで、すぐにおいしい料理として提供できるものも増えています。店舗運営をサポートするその他の機器や情報サービスも日進月歩で進歩しています。
これは、技術革新を続けた産業の勝利です。
ですが、その一方で、かつては考えられなかったような稚拙な原因による食品事故や不祥事も目につくようになりました。その背景に、便利な時代になったがゆえの食ビジネスに関する知識、技能の欠如、そして食ビジネスに対する愛情や美意識の不足ということがないでしょうか。
また、昨今の食ビジネスでは、非科学的な話を宣伝に用いたり、科学を知らないか科学を無視する状態で、他人の商品や事業の信頼を傷つけることも、しばしば見られます。これは目に余る段階まで来ていますが、このようなことが行われる背景にも、食ビジネスに関するさまざまなものが便利になった結果、それぞれが独自の魅力を打ち出すことに苦心するようになったという事情があるはずです。
産業の勝利は、半面、産業の踊り場です。踊り場では、一息吐きながら振り返り、方向を変えなければなりません。世界に冠たる細やかで優れた技術と美意識を培ってきた日本に住む私たちは、いま、すべての産業に新しい目を向けて見つめ直し、これまでに獲得した知識と技術に新しい息吹を吹き込むとき――その正念場に立っていると言えます。
私たちFoodWatchJapanはその新しい動きを食ビジネスから起こすことにしました。とくに食ビジネスに愛着をもって携わってきた経験者、優れた技術、知識、美意識、経営力を持つ人々に集まっていただき、これからの食ビジネスをより素晴らしいものにしようと考える人たちに大切なことをたくさん伝えていただきます。
先達の美点と、命にかかわる職業に携わる人間としての矜持は、新しい人材に受け継がれるでしょう。それらは、先達を超える知識と技術をつかむための助走路と燃料になっていくでしょう。
そうして新しい知識、新しい技術、新しい美意識を育む新しい人材が多数現れること。その人たちの行動で、提供する人も食べる人も、かつてないほどに、食と、食にまつわるモノやコトを愛する世界が築かれていくことを、心から望みます。
ご賛同くださる皆様が、読者として、執筆者として、サポーターとして、FoodWatchJapanに携わってくださいますよう、お願い申し上げます。
FoodWatchJapan 編集長
齋藤訓之