私から見ると、多くの外食関係者あるいは都市生活者の農家や農業に対するイメージは、現実とかけ離れているように見えます。そして、それによって自社が損をしたり、お客様に損をさせたり、あるいは生産者を苦しめたりすることが多いようです。この稿が、みなさんが農家や農業に対して抱いているイメージを、少しでも考え直してみるきっかけになればと思います。
「風食」――畑の土が消えていく
連載では、季節に合わせて具体的な農産物や農作業に即した話題を取り上げていこうと考えていますが、今回はまず、日本の農業や生産者の状況を把握するために、ある地域の例から、一般的なお話をしておこうと思います。
日頃、雑誌の取材や情報収集のために各地の農家を訪ねていますが、冬場に茨城県の農家と話すたびに話題になるのが、「風食」のことです。
関東地方は、火山灰を母材とする軽そう土(軽鬆土、けいしょうど)と呼ばれる土が多く分布します。もちろん、同じ茨城県内でも地域によって土質はいろいろですが、私がよく訪ねる牛久市の一帯は特に粒が細かく、軽い土が多い地域です。これは、乾燥すると粉状になるので、衣類にこの泥が着くと顔料のように繊維に残り、洗濯してもなかなか落ちません。
こういう土壌の圃場(ほじょう。田畑や農園をひとくくりに指す言葉です)が冬場に乾燥し、そこに風が吹くと、土は煙のように空に舞い上がります。ですから、北風の吹く冬や、早春の風の強い時期に行くと、目はごろごろし、道端には土埃の吹きだまりが出来ているような有様です。
生活する上ではそれも困ったことですが、農家にとってはもっと頭の痛い問題があります。いったん舞い上がった土は、圃場に戻るとは限りません。道路にも、住宅にも降り注ぎ、そういう土が下水や川を伝ってどんどん地域の外に運ばれていきます。つまり、圃場の土がなくなっていくのです。
これが風害です。
圃場の土がなくなると、圃場の高さは目に見えて下がっていきます。冬から春に何も栽培しない圃場では、1反歩(たんぶ。10aの広さに当たる)当たり1.3tもの土が風害で失われるそうです。そして問題は、当たり前のことですが、風害で失われる土は圃場の表面の土だということです。
圃場の土の上の方、耕うん機などでいつも耕す部分を作土と言います。その下も土ですが、作土と人やトラクタなどの機械の重みに押されて硬くなっており、「硬盤層」といいます。
硬盤層より下に作物の根が入ることはほとんどありません。従って、作付ける作物によっても違いますが、一般的に、作土は深い方がいいのです。それだけ根が張り、作物が栄養を集めやすく、また倒れにくくなります。
そこで農家は、この作土を深くし、また作物にとって良好な状態を保とうとします。どんな状態かというと、土の粒が、菌類などの微生物の体や、彼らが分泌する粘液によって小さな粒状の団子のようにまとめられた状態です。これを「団粒構造」といいます。大豆の粒にたとえると分かりやすいかもしれません。乾いた大豆の粒はばらばらで、手ですくってもこぼれてしまいます。しかし、微生物が活躍して納豆となれば、お互いにくっつき合います。
団粒構造が出来ると、水分や肥料成分を土の中に留めやすくなります。また、粒と粒の間に隙間が出来るので、水や空気を通しやすくなり、根が窒息しにくくなります。もし団粒構造が出来ず、細かい土の粒がびっしり詰まった状態になると、圃場から水が抜けにくく、空気も通らなくなります。これは、湿害といわれる、作物にとって困った状態の一つです。
さて、この団粒構造は、土だけで作ることはできません。土に、適量の腐植が含まれていることが必要です。腐植というのは、動植物の死骸や排泄物が微生物によって分解された化合物です。農家がよく「土には有機物が必要だ」と言うのは、これのことです。腐植が微生物の栄養となり、土の団粒構造を保ち、微生物が排泄するものに含まれるミネラルが、作物の栄養にもなります。
この腐植は、微生物が分解し、分解したものは作物が吸ったり、水に流れたりするので、材料を補わなければ減っていきます。そこで、かつての日本の農業では、作物を収穫した後の茎葉(けいよう)などの残さ、牛や馬などを飼う厩舎の下に敷いた敷わらや糞、落ち葉などを集めて堆肥を作り、それを圃場に撒いて、いつも圃場に適量の腐植があるように保っていたのです。(つづく)
※このコラムは柴田書店のWebサイト「レストランニュース」(2009年3月31日をもって休止)で公開したものです。