今年は、すべての作物の品質や収量が明らかに悪かった。就農して25年になるが、これほどの異常な気候条件は初めてだ。農林水産省は10月2日、イネの作況指数が北海道は91の不良と発表したが、現場の生産者は「それよりは明らかに悪い。80くらいだろう」と言う。これが全国平均で見ると98に上がるのだから、気象を含めた天からの恵みには、喜びと人の無力さを感じてしまう。イネのいもち病も1993年以来、久しぶりに見ることになった。それもポツン、ポツンと出るのではなく、風に任せて広がっていくのが日々観察できるほどひどく、実が入っていない不稔の被害も増幅され、先ほどの数字になったようだ。ただ9月以降は天気が良いので、雪の中でのイネ刈りと言う最悪の状態は避けられている。私はコムギとダイズを栽培し、イネは栽培していないが、この転作地ではコメの出来が良いか悪いかで、その後の農政が変わることもあるので、コメを全く無視することはできない。
北海道では今年6月と特に7月は、湿潤、低温だった。普通、コメが大豊作の年であればダイズ、ジャガイモ、ビートも豊作で、コムギは平年作か不作気味になる。93年や02年のような冷夏の場合は、コメは不作だが、冷害に強いコムギは豊作になるようだ。一般的にそこそこ気温が高く、日照時間が長ければ、豊作になることに説明はいらないと思うが、コムギの場合、多収量地域は札幌や函館よりも気温が低く日照時間の長い十勝、網走、北見地方の方が良い結果を出している。
今年の7月が低温だけだったらコムギは大豊作になったかもしれないが、降水量が平年の3倍以上では、多くの病害が発生する。特に、人に対して有害な作用を示すカビ毒DON(デオキシニバレール)の発生のリスクが高くなり、出荷時の基準値である1.1ppmを軽く超え、流通出来なくなる事態も起こったようだ。同じコムギでも秋まきコムギよりも春まきコムギの方がこのDONの値が高くなる傾向があることは、生産者にもよく知られている。
このようなコムギのカビやサビなどの病気をコントロールするためには、殺菌剤を用いることになる。農薬の関係法令は遵守するのは当たり前であるが、この遵守の範囲内でどの農薬を、どのタイミングで、どのくらい(量)散布するかの自由は与えられていると理解している。一般的には昨年と同じ農薬を用いれば同じ結果になるはずなので、よほどのことがなければ農薬、タイミング、量を変更することはないのだが、今年は別だ。
私がどのような殺菌剤を使用したのか、次に報告させていただく。まず、6月10日以降のコムギの出穂後にシルバキュアフロアブル、ストロビーフロアブル、ベフラン乳剤、チルト乳剤25、トップジンM、最後にチルト乳剤25(2回目)を収穫5日前に使用して合計6回散布した。ちなみに、昨年はトップジンMを使用しなかったので、5回である。効果があり複数回使用の登録があっても殺虫剤と同じように耐性を出さないために、極力同じ系統、同じ農薬をしないようにしている。ただし、散布時期を変えれば1回くらいは同じ農薬を使用しても問題ないことは、過去の経験から分かっている。それが上記にあるチルト乳剤25の2回使用である。
ではなぜこの農薬を2回使用するのか。理由は簡単だ。多くの殺菌剤の半分の価格だからだ。このチルト乳剤25が発売された時は、ほかの殺菌剤と比べてもその効果の差に驚いたものだ。その後ライバル農薬の登場により、価格が下がり、その結果、使用頻度も増えることになった。
ところで、農作物に使用する殺菌剤と言うのは、不思議な物質だとつくづく思う。作物の殺菌剤は人様の病気と違って病気の予防が主たる目的であり、カビやサビが肉眼で見えるほど出てしまった作物が農薬を散布することによって、消えてなくなり健全な生育に戻るなんてことを見たこともなければ、聞いたこともない。つまり、農薬を散布し続けていれば、極端な話、作物は病気知らずなのだろうか。であれば、なぜこの技術を人間に対応できないのだろうか。もっともこの私が思いつくくらいのことは、どこかの先生や科学者がやっているのだろう。
以前にも書いたが、農薬の希釈に使う水の量も考えていただきたい。希釈倍率が変わる、つまり濃度が濃くなり、散布液量が少なくなっても、米国の使用状況から見ても殺菌効果は変わらないと思うし、天候を見ながらの限られた時間での作業効率を考えた場合、散布液量が少ないと明らかに作業時間が少なくて済むのではないか。この辺も登録に向けた努力を農薬企業にお願いしたい。
さて、私のコムギの作柄は今年、全量1等と2等に落ち着いたが、地区内では規格外のコムギを多く出し、ほぼ全滅、さらに北海道の真ん中を南北に連なる日高山脈の西側地域も良くない結果だ。そして東側の十勝、北見、網走のコムギの産地も平年に比べると明らかに良いとは言えない状態だった。
このコムギの出穂後に行う殺菌剤散布は、回数が多ければ病気の発生を抑えることができるのか。有機栽培農家には申し訳ないが、答えは「イエス」とも言えるだろう。ただ無計画に、例えば3日間隔で散布しても予防効果は見込めるが、金銭的な負担が単純に増えるだけである。そこで生産者は教本を読み、信じることなり、一般的には普及所が発行する「普及所だより」、JA(農協)が提供する情報、農業試験場が発表する情報を利用することになるが、今年はこの農業試験場の情報が注目されることになった。それは、コムギの出穂後の殺菌剤散布は2回で十分、DONをコントロールできるという発表で、一部の生産者がその情報を信じて、農薬散布の回数を減らしたのだった。
私の住む地区でも似たようなことが起こった。ただ、さすがに2回散布ではさみしいので、3回散布にして、7月には1回も殺菌剤を散布しないでいたところ、月末の収穫まで1カ月間も平年の3倍以上の雨にさらされた。案の定、ギャンブル性が高く、理論武装だけでは勝負に負けてしまうことを物語っていた。
実はこのような減農薬を進めるような情報は数年前からあった。では、今年のコムギの損害の主たる原因は何か。はっきりと言わせていただく。人災である。それも公的な機関の間違った情報によって、多くの北海道コムギ生産者が大損害を被ったのである。言い訳はするだろう、降水量が明らかに違っていた、日照時間が少なかった、と。しかし、公的な機関の多くの情報を信じて、泣いた生産者の怒りはどこにぶつければよいのだろうか。
私は7月の悪天候の隙間を狙って、公的機関のご指導の3倍の農薬を使用することによって健全なコムギを栽培することができた。コムギを大面積栽培(150ha)する生産者も私と同じ行動を取ったようだ。生産者も素直にうまくいっている生産者の話を聞けばよいものを、どうしても公的な機関の話を聞いてしまうようだ。このことは遺伝子組換え作物でも同じで、私やバイオ企業がいくら事実を話しても、公的な機関ばかりに耳を傾けているのには失望する。
実は、まだまだ変わったことを行政が行っていて、北海道では今、よく分からない「YES, Clean 農業」運動を進めている。減化学肥料はある程度理解できても、減化学農薬だけで将来の北海道農業が良くなる科学的な根拠は全くないと思う。民間機関であったなら、今年のような結果ではかなりの処分を食らうことを覚悟しなければならないのに……。
こんな小さな町に住んでいても、「コムギの刈り取りって、いつ?」なんて尋ねてくる公務員の同級生もいれば、この町で一番栽培面積が多い私がどのくらいの経営面積か知らない農業機関で働く団体職員も多くいる。それに都会に住んでいると天気は関係ないのだろう。食の専門家と話していても、今年の異常気象についての私の発言に対し、「あっそうなの」で終わってしまうことが多い。その人は食の専門家であって、農業の専門家ではないから仕方がないのだろう。では、農業を正しく語れる専門家はどこにいるのだろうか。いや、そんなことを語れる人は日本国内に存在しないと、最近思いつつある。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。