2004年から続いてきたFoodScienceの「松永和紀のアグリ話」が9月24日の記事を持って終了となった。「お疲れさまでした。永い間ご指導いただきありがとうございました」とご苦労を労うと共にお礼を申し上げたい。また、一連の松永さんの連載を読んで密かに温めていた、食のリスクコミュニケーション(リスコミ)の切り札としての「食品安全カウンセラー」制度の創設を、この機会に披露したい。
前回、「三方一両得の食品回収対策」で食品回収問題をとり上げた。健康被害が考えられないものなら、店頭にて安価で売り切って廃棄を避けたいという内容である。明確なルールが決まっていれば、回収を避けられるケースがあると考えている。私はメーカーの人間なので、商品を回収し処分する辛い気持ちはよく分かる。しかし、市民の眼・販売店の考え方・メディアのとり上げ方・行政の無言の圧力、などに配慮すると、回収せざるを得ない状況であることは確かである。
回収問題よりはるかに重要な問題がある。松永さんの記事「残留基準超えを食べることのまともな議論を始めよう」である。リスク管理に関するこの記事の中で、松永さんは基準値違反の食品の扱いについて「食べようではないか」と主張している。日本では、基準値違反は処分される。しかし、外国では健康被害が考えられない場合、そのまま流通させる。「日本の常識は、世界の非常識」のよい例なのである。食にかかわる多くの者が何とかしたいと考えているが、現状では食品衛生法で定められているので仕方がない。
私も松永さんの提案を強く支持する。しかし、最大のネックとなるのは市民の「基準値違反の食品は健康に被害を及ぼすのではないか」という感情であり、理解である。食品関係者にとって健康被害を及ぼすものではないことは当然であっても、市民を対象にこれを伝えるのは容易ではないだろう。わが国に、リスコミやパブリックコメントという制度が導入されてずい分経つが、成果が上がっているとはとても思えない。
典型的な例が遺伝子組換え食品(GMO)である。1996年、GMOが食品として認可されてから10余年が経過した。講習会やサイエンスカフェなどでさまざまな関係者の努力があるにもかかわらず、この間、GMOが「遺伝子組換え原料を使っています」と表示されて店頭に並ぶことはなかった。メーカーはそのことを充分理解している。食品では、「遺伝子組換えでない」表示ばかりで、「不分別」表示はほとんど観ることはない。飼料や食用油の原料として大量に輸入していて、GMOなくして日本の食は成り立たない。松永さんは自著「植物まるかじり叢書5 植物で未来をつくる」(化学同人)の中でもこのことを指摘しているが、ここに来て状況が変わってきている。新聞にGMOを擁護する記事が掲載されるようになってきた。しかし、これはNon-GMOの輸入が困難になったためで、リスコミが進捗したからではないだろう。
食品安全委員会が食に関するリスコミ推進について努力していることは承知しているし、うまく進むことを願っている。一例が「食品の安全性に関するリスクコミュニケーター育成講座」の開催である。しかし、一般市民を対象にしているため、高度な内容を盛り込むことは難しい。活動できる状態まで育てる時間を考えると、何年先になるか見当もつかない。
ところで、リスコミの基礎の部分について発言させていただきたい。リスコミを進めるためには、関係者間の共通の基盤を整える必要がある。日本語が通じるというところまで遡る必要はないが、非専門家の市民の方々にも最低限必要な知識は持っていただきたいものである。最低限必要な知識とは、毒性学に基づく(1)「リスク=ハザード×暴露量」、有害性と共に暴露量が重要である(2)用量反応が存在し、有害性が現れない「閾値」が存在する(発がん物質を除く)—-の2つである。これらは十分条件であって、これだけでリスコミが進むというものではない。しかし、関係者共通になる基盤整備なくしてリスコミは進まない。現在は、これが不十分な状況であると考えている。
とはいえ、一般市民が十分な専門知識がないからといってリスコミができないわけではない。リスコミを主体的に推進するリスクコミュニケーターが十分な専門知識を持てばよいのである。そのリスクコミュニケーターとしては、我々技術士がその任を全うできると思う。食品技術士センターにご連絡いただければ、農薬・食品添加物などテーマにより適切な専門家を紹介できる。
さらに、単に頼まれ仕事で技術士を派遣するのではなく、リスクコミュニケーターが機能的に活躍できる仕組み作りが必要だと考える。そこで「食品安全カウンセラー(仮称)」制度創設を提言したい。リスコミや勉強会の講師・ファシリテータ役を勤められる人材を論文審査と口頭試験により選択する。また、専門分野と活動できる地域や時間を登録し、専用サイトで公開する。そして、求めに応じて派遣する、あるいは自主的なリスコミ活動を推進する、のである。
食品業界や行政の中に、食品にかかわる広い知識を持ち品質管理・保証などの経験を積んで来ている人材が大勢存在する。この人達を戦力として活用できると考える。必要に応じてファシリテーションなど不足している能力を補足するための教育は必要になるかも知れない。そのためには、食品安全委員会の中に作っていただくことが適切だと考える。食品安全委員会は、リスク管理機関から独立して食の安全を科学的に評価する機関であり、リスコミが専門の機関ではないことは承知しているが、委員会からの資金援助などを期待したい。
既に参考にできるモデルが存在している。環境省の環境カウンセラーであり、化学物質アドバイザーである。特に前者は96年から延べ4000人を超える人材が登録されており、市民向けには環境教育や環境保全、事業者向けにはエコアクション21などの環境マネジメント取得サポートでも数多くの実績を挙げている。うまく機能していることはとり入れていただきたいものである。
わが国の食には、問題が山積しており、少しでもよい方向に変えていきたいものである。松永さんが、本サイトを卒業されたことはファンとして誠に残念である。しかし、ここで食品関係者向けに費やしていた時間を社会全体に向けることにより、より高所から食問題をリードいただけるように思う。もちろん、孤軍奮闘いただく訳にはいかない。「共に頑張る」つもりである。今後のますますのご活躍を祈念したい。(食品技術士Y)
*日本技術士会では、「第3回食品安全セミナー」(11月29日土曜日、東京海洋大学品川キャンバス)を計画しています。多くの方の参加をお待ちしております。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。