街へ出よ!科学者・技術者諸君!!

子供たちの理科離れが進んでいるといわれて久しい。大人も同様で、科学技術の恩恵を享受しながら、反科学的なものに引かれる人が多い。占いやスピリチュアルなどがはびこり、マイナスイオンなど科学を装うニセ科学も蔓延する。それらのことも取り上げて、科学を正しく理解することの是非を説いた松永和紀氏の「メディア・バイアスあやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)に、このほど「科学ジャーナリスト賞2008」が授与された。本サイトの読者とともに喜びたいと思う。

 日本人は、リスク情報に対し正常な判断ができないことが少なくない。科学的な思考ができず、社会全体が感情に流されてしまう。環境ホルモンやダイオキシンなどの一連の騒動がその例であり、集団ヒステリーといえる。このような時、大げさな政策がとられがちである。BSE(牛海綿状脳症)も同様で、全頭検査という無駄な税金を垂れ流している。この税金はもっと有効な目的に使われるべきである。市民の科学技術リテラシー向上を図りたいものである。

 資源のないわが国は、「科学技術創造立国」を目指さなくてはならない。その一環として、科学と市民のかけ橋となる人材育成が始まっている。科学技術コミュニケーター、インタープリター、ファシリテータなどと呼ばれる人たちだ。大学では、北海道大学の「科学技術コミュニケーター養成ユニット」、早稲田大学大学院の「科学技術ジャーナリスト養成プログラム」などがある。科学館関連では、国立科学博物館の「サイエンスコミュニケータ養成実践講座」、日本科学未来館の「科学コミュニケーター研修プログラム」などが開設されている。

 民間でも、日本科学技術ジャーナリスト会議の日本科学技術ジャーナリスト会議「科学ジャーナリスト塾」がある。科学ジャーナリスト塾は、社会人の参加が多く、現在第7期生を募集中である。私は第5期を卒業した。関心のある方にはおすすめしたい充実したプログラムである。社会人に配慮した時間割を作っているプログラムもある。

 市民に科学技術を分かりやすく伝えることは、技術士に求められる役割の1つでもある。すでに科学技術コミュニケーター・理科教育支援者としての活動が始まっており、社団法人日本技術士会においては、科学技術基本計画支援実行委員会が中心となり、「理科支援員等配置事業(特別講師派遣)」に取り組んでいる。技術士が科学技術の知識や業務経験を生かして講師となり、地域社会で一般市民や学生向けに分かりやすく実験授業などを行うというもので、次世代を担う科学技術人材養成や一般市民の科学技術リテラシー向上に、技術士が一役買うと期待されている。また、この活動とは別に、個人の技術士が自主的に活動している例も多い。

 科学技術コミュニケーションのテーマとして大切なものの1つのが「食」である。フードファディズムがまかり通り、いわゆる「健康食品」では死亡者も出ている。世界で最も食の安全が実現できているといえるわが国でさえ、不安を持つ市民が多いのだ。食の理解を深め、リスク管理の考え方が理解できる市民を増やしたいものである。内閣府の食品安全委員会でもそのような人材育成を考えているが、成果が出るまでまだまだ時間がかかるのではないだろうか。

 そこで、食にかかわる科学者・技術者に呼びかけたい。「街に出て市民と語ろう!」。私も市民講座の講師や小学校での出張授業など模索を続けてきたが、今後もこうした活動を継続していくつもりだ。

 市民との科学コミュニケーションの1つとして、英国で始まった「サイエンスカフェ」いう形態がある。飲み物を片手に専門家と気軽に語らうのである。一方的な講演ではなく、質問や意見交換に重点を置く。参加者は10数人から20人くらいが適当だ。市民にとっては、テーマがより身近に感じられ、理解を深めることができる。話し手も自分の仕事を見つめなおすよい機会になる。市民からの意見は新鮮で、刺激になること間違いなしである。4月の科学技術週間に行われたサイエンスカフェでは、技術士も活躍した。

 サイエンスカフェは、全国的に常時開催されている。独立行政法人科学技術振興機構(JST)が開設しているサイエンス・ポータル内にも、専用のコーナーが開設されている。経験されたことのない方は、お近くの会場に参加されることをお薦めしたい。低コストであることも魅力の1つで、その気になれば個人でも開催可能である。

 私は、NPO法人くらしとバイオプラザ21が主催するサイエンスカフェ「バイオカフェ」に時々参加している。フルートなどの生演奏から始まり、科学の楽しさを味わえるカフェである。本サイトWebmaster中野栄子氏がゲストを務めた「食品報道におけるメディアの功罪」の時は、会場の喫茶店に人が溢れんばかりの盛況で活発な意見交換ができた。

 先日、第一生命が発表した「大人になったらなりたいもの2008」で、「学者・博士」が男子の2位に躍進した。原因がどこにあるのか興味深いが、関係者の努力が実を結びつつあるのかもしれない。そうはいっても、現状は期待できる状況からは程遠い。地道な努力を継続する必用がある。(食品技術士Y)

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

アバター画像
About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。