塩の健康、安全、味、コスト

機内食に付いていたヨウ素強化塩。見た目も味も、通常の食塩と何も変わらない
機内食に付いていたヨウ素強化塩。見た目も味も、通常の食塩と何も変わらない

機内食に付いていたヨウ素強化塩。見た目も味も、通常の食塩と何も変わらない
機内食に付いていたヨウ素強化塩。見た目も味も、通常の食塩と何も変わらない

米国の飛行機の機内食に付いていた塩に、「Iodized Salt」と書いてあった。何のことだろうと調べてみたら、「ヨウ素(ヨード)強化塩」だと分かった。実は、ヨード欠乏症(Iodine Deficiency Disorders、IDD)という健康被害が世界的に大きな問題となっていて、その対策として各国でヨウ素を添加した食塩の摂取が奨励されているという。国によっては義務化されていたり、ヨウ素強化されていない食塩に「ヨウ素強化なし」の表示が義務化されていたりもする。

 近年はヨード欠乏症の撲滅を目指す国際的な運動が盛んになっており、Googleの英語サイトでニュースから「Iodine Deficiency Disorders」を検索すると、今日も数件ヒットする。日本人はヨウ素を含んだ海藻を食べるので、ヨード欠乏症と言われてもぴんと来ないが、世界的な話題ならば知っているべきだったと少し恥ずかしく思った。

 しかし、これが世界的な問題とすれば、全人類的な偏食が問題のようにも思える。とはいっても、大陸のすみずみにまで海藻を食べる習慣を勧めるというのも現実的ではないだろう。食塩に微量のヨウ素を加えて流通させるよりも遙かにコストがかかるだろうし、食文化として受け付けない場合も多いだろう。また、裕福な人たちは海藻を食べるという新しい食生活を始めるかもしれないが、そういう珍しい食品に手が出ない人たちもいるだろう。

 それに対して、食塩の摂取量は、どのような生活をしている人でもあまり変わらないため、すべての人々に安定してヨウ素を供給するのに好都合だという。合理的なものの考え方の価値を改めて感じさせる話だ。

 ただし、日本ではヨウ素強化塩は手に入らないことになっている。塩事業センターのホームページによれば、「ヨウ素(ヨウ化物)は日本では食品添加物として認められていませんので、国内で生産、販売される食用塩に添加すること、添加された食用塩を輸入することは禁止されています」とのことだ。

 ところが日本では、ニガリなどのミネラルを添加する目的で、純度の高い食塩をわざわざ海水に溶かして再度結晶させた塩(再製塩)に人気がある。また、塩田の泥の色が残るヨーロッパ産の塩がもてはやされたこともあった。塩専売制時代には、食塩に海藻の粒を混ぜたものを食品として輸入し、規制の網をくぐったというものもあった。ヨウ素強化塩は、何がどれだけ添加されているのかが管理されているが、それに比べて、これらの変わった塩は実際に何をどれだけ含んでいるのか、どこまで管理できているのか、気になるところだ。

 食品添加物というものの概念にはまだまだ隙が多く、定義として完成することは将来に渡ってなさそうにも思える。

 日本の消費者が好む塩には、もう一つ、岩塩がある。雑誌、Webサイト、テレビなどが料理の話題を紹介する際、岩塩を使っていると本格的であるような記述や会話が出る場合が多い。食通と言われる人と話していても、「ここの焼き鳥は岩塩を使っているからね」といったせりふが飛び出すことがままある。海水から作る海塩に比べて、「天然」「珍しい」「本物」「海外のおいしい料理に使われているもの」というイメージが強いらしい。

 あるヨーロッパ産の岩塩を輸入・販売する人に取材したとき、その人が自社で扱う食用岩塩の特徴として最初に挙げたのは、「正しく念入りに精製しているので、不純物、重金属などによる健康被害の心配がない」ということだった。岩塩という鉱物は、通常多くの不純物を含んでおり、そのまま口に入れられる岩塩というものはほとんどないという。従って、ほとんどすべての食用岩塩は「天然」ではなく、立派な「工業製品」なのだ。

 そして、世界の岩塩の大半は工業用、食品以外の産業用に使われている。食用の塩として岩塩の流通が多いのは、東ヨーロッパや発展途上国など。語弊があるとは思うが、食用塩に携わる複数の人から聞いた中では、岩塩には「貧しい人々が使う塩」というイメージがあるということだった。

 しかし、例えば決して貧しい国ではないイタリアの、高級なリストランテなどで料理に岩塩を使っているという話も聞くではないか。以前、辻調理師専門学校の教授陣に、この質問をぶつけてみた。答えは簡単。パスタのボイル、魚の塩がま焼きなど、塩を大量に使うときには安価な岩塩を使う。一度にあまりたくさん使うわけではない他の料理の調味には、海塩を使う。

 料理人は損得で考え、食べる人は感情で受け取ってしまっていたわけだ。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →