不二家をもって他山の石とすべき人々(2)

地面に落ちた食べ物は、ハトに任せる。拾って食べない
地面に落ちた食べ物は、ハトに任せる。拾って食べない

地面に落ちた食べ物は、ハトに任せる。拾って食べない
地面に落ちた食べ物は、ハトに任せる。拾って食べない

1月下旬の週末、よく行くスーパーマーケットで買い物をしていたところ、男性の従業員が売り場で台車に乗って作業をしているのに出くわした。シャーシの両端に垂直の支柱部分があり、好みの高さにステンレスの天板を付けられる多段式の台車だ。男性従業員は、キャスターがロックされていない台車の上、腰の高さに取り付けた天板に、サーフィンをするように腰を落として危なっかしく立ち、床からは手が届かないシェルフの上部の品物をどうするかを見ていた。

 ひっくり返って台車から落ち、頭でも打ったらどうなるのか。お客の上に落ちればどうなるのか。それ以上に気になったのは、その台車が食品を運ぶためのものということだ。その天板に従業員は土足で立っている。その足元には、食品の箱が2つほど。その中身をわれわれが買って、家で口に入れるのだと思うと黙っていられなかった。天板を指して、「ここは、食べ物を載せるところですよね?」と彼に話しかけた。

 殴られると思った。彼は、ゆっくりと首を傾げながら、目を見開いて私をしたたかににらみつけたのだ。ままよと思いながら、私は同じ言葉を繰り返し彼に伝えた。彼は声を震わせながら、「いや。これはいつもこうやって使っているものです」と答えた。きっぱりと言いながら、全く信じられないことだが、体は片方の肩をこちらに向けて身構えている。「それ以上文句があるなら外へ出ろ」と言わんばかりだ。暴力沙汰は困るので、私は黙ってそこを立ち去った。

 もともと、この店のことを家では“カミカゼ・スーパー”と呼んでいる。商品を山積みにした台車を押す従業員は誰しも、お年寄りでも子供でもお客を蹴散らしながら進ませる。私自身、体に台車を当てられたことは何度もある。従業員本位の営業だ。

 実はこの店、お客もお客なのだ。食品を放り込んだカートの中に、1~3歳ぐらいの子供を土足で立たせている若い親が多い。彼らにも、何度か「ここは、食べ物を載せるところですよね?」と質したことがある。たいていは、「ああ」とか言って、そのままどこかへ行ってしまう。

 このスーパーがもう少しまともな店になって欲しいと思い、改善して欲しい点を書き出して本部へメールで送ろうと、Webサイトを探してみた。ところがどうしたことか、この会社のWebサイトは見つからない。かなり作り込んだ非公式のファンサイトはあるのだが、どうしてもオフィシャル・ホームページが見つけられない。いずれ番号案内に本部の電話番号を問い合わせて、電話をかけるしかなさそうだ。現場のことや利用者の声にどれだけ興味があるのか疑問なので、気の重いことだが。

 思うに、これはこのスーパーだけの問題ではなさそうだ。

 事件があった同じ日、1月20日の日本経済新聞土曜版「NIKKEIプラス1」1面の「何でもランキング」では、「気になる車内のマナー」として、生活者が挙げた電車やバスの乗車マナー違反の例を取り上げていた。その1位は、「子どもが靴を履いたまま席に立つ・座る」。二十数年前、上京したばかりの私は電車でしばしばこうした光景を見て、これからとんでもない世の中になると予感したものだ。

 また、伝え聞くところによれば、最近の十代には、店舗や公共施設のトイレの床に自分のバッグなどを直に置くのが平気という人が多いのだという。数年前、よく知っている飲食店で、若い従業員が土足でコールドテーブルに上がり、つり戸棚に品物をしまうのを目撃したことがある。すぐに同郷の社長を呼んで注意したが、この社長も、自分たちには想像もつかない行動を取る若い従業員たちに、しばしば戸惑うと言っていた。

 私もその社長も、北海道の田舎の出身ということもあり、土足が汚いという印象はビジュアル的に体に染み付いている。家の前の道は砂利舗装(いわゆるダート)で、靴にはいつも土ぼこりが付いたし、雨が降れば泥道になった。犬の排泄物は電柱のそばに普通に転がっていたし、いやはや子供の頃はよく馬糞も落ちていた。そういうところを歩いた靴が、他人様(ひとさま)の衣服に当たることはもちろん失礼なのであり、その足を膝よりも高い位置に上げる、あるいは何かに載せるということは、理屈ではなく感覚としてはばかられる。

 それに比べれば、今日の都会の道路、建物の中のきれいなこと。最近は建築材料や洗剤がよくなり、また清掃も合理的、計画的に行われることから、トイレ内も見た目に非常に清浄になった。厨房も、ドライキッチンともなれば、靴はいつも卸し立てにさえ見える。こういうところに生まれ、育った人には、土足の汚さというものはなかなか理解できないのかも知れない。

 この冬、東京でにわかにノロウイルスの感染例の報告が増えているのには、このウイルスの認知が広がったことが背景としてあるだろう。だが一方で、床や地面が本当は不潔であるという感覚の欠如、靴の扱いのでたらめさ、手洗いの不徹底などがあるように思われる。

 こういう時代だからこそ、衛生教育にはこれまで以上に力を入れなければならない。そして、やってはならないことを明確にし、それらを絶対にさせない強いリーダーシップが必要だ。

 それがなかった不二家が今存亡の機に立たされているわけだし、冒頭に引いたスーパーをはじめ、同じようにリーダーシップに欠ける店やメーカーも、不二家と同じ破滅の要因を腹に抱えているのだ。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →