毎月19日は、「食育の日」なのだそうだ。このサイトを読んでいる方の中にも、「食育関連予算」で活動している方がいると思う。かねがね、この「食育」なる言葉の意味、定義を知りたくて、いろいろな資料に当たるのだが、明確なものが見当たらず、困っている。
2005年7月に「食育基本法」という法律が施行された。これには定義が書いてあるだろうと思ったが、書いていない。同法前文では「今、改めて、食育を、生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきものと位置付けるとともに……」と、予告も説明もなく「食育」の語が登場する。この前文から分かるのは、「食育」なる語が、「知育」「徳育」「体育」とは違うものであるらしいことが分かるのみだ。第五条には、「子どもの教育、保育等を行う者にあっては、教育、保育等における食育の重要性を十分自覚し……」ともあるので、「食育」の語は、「教育」ともイコールではないことが分かる。
だが、どうか。第一条「この法律は、近年における国民の食生活をめぐる環境の変化に伴い、国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性をはぐくむための食育を推進することが緊要な課題となっていることにかんがみ」とあるのだが、この「食育」の単語を「教育」と置き換えても意味は通り、むしろ分かりやすい。
「食育関連予算」の内容を見ると、理解力のない私の頭はいよいよ混乱する。
食育関連予算を受けているのは、内閣府食育推進室、内閣府食品安全委員会、厚生労働省、文部科学省、農林水産省の5府省で、平成19年度概算要求額は、平成18年度より33億5000万円増の122億1600万円。
内訳を見ると、内閣府は「食育推進」とリスクコミュニケーションで、3億5700万円の予算を要求。厚生労働省は、7億9800万円の要求で、「国民健康づくり運動」「8020運動」(80歳で自分の歯20本を保つべしという運動)、「健やか親子21」(母子保健活動)などの推進の他、やはりリスクコミュニケーションを掲げている。
文部科学省は一桁違い、12億5800万円の要求。「栄養教諭の専門性の高度化」「地域に根ざした学校給食推進事業」「食生活学習教材の作成・配布」「家庭教育手帳の作成・配布」や、各種シンポジウム、研究活動などの事業を掲げる。「子供の生活リズム向上プロジェクト」という項目もある。
農林水産省は、88億7200万円という、5府省の中でも破格の額を要求。シンポジウム、イベントなどによる「食育の推進」を行い、「農林漁業に関する体験活動の推進」「地産地消の推進」「食品廃棄物の発生の抑制や再利用等の推進」などの事業を掲げる。
それぞれ意義を感じさせる事業も見られるが、分からないのは、これら多岐にわたる事業、活動が、なぜ「食育」という一つの言葉のもとにくくられていなければならないのかだ。政治の世界では、予算を取るためにいろいろな手法があるのだろう。しかし、国民から見れば、「学校の先生と、給食のおばさんと、歯医者さんと、農家と、外食産業と、マスコミなどなどが群がっているあれは何だろう?」と首をひねるばかりだ。あまりにもかけ離れた、いろいろなものが寄せ集められ(寄り集まり?)過ぎていないか。
中年以上の方々は、「ニューミュージック」という音楽ジャンルを知っているだろう。70年代後半の、種々雑多な、今日でいうところのJポップの数々だ。これの定義について、タモリの名言がある。「『自分がやっている音楽はニューミュージックだ』と言った人がやっているのが、ニューミュージックだ」というものだ。
この伝でいくのがいいだろう。「『食育をやっている』という人がやっているのが『食育』」というわけだ。このばかげた懐の深さが「食育」の最大の特徴かも知れない。およそ、食べない人はいない(非経口の栄養摂取も含めて考える)。「食」はすべての人に関係する。「それを大事に考えよう」と言えば反対する人は稀だし、誰もが食について一家言持っている。
だから、「食育をやっています」と言って国の予算を勝ち取ろうとする人もいるし、国の予算とは関係なく「食育をやっています」と自称する人も大勢いる。前者は、それぞれ互いに関係のなさそうな事業に一つの財布から出た金を使い、後者は後者で、「F1の種で作った野菜は食べない方がいい」とか、「工業的に作られた食品を食べ続けると非行に走る」とか、意味不明あるいは未検証のことを吹聴して回っている。
このバズワード(明確な定義のないもっともらしい新語の類)は、間違いなく人々を混乱に陥れつつある。このまま放置すれば、「食育」は怪しげなものと見られ、ひいては、それぞれの事業やそれに携わる人々の評判を落とすことにもなりかねない。
「食育」という言葉の意味・定義を明確に説明できる方、特に「教育」「知育」「徳育」「体育」との違い、それら古い用語では実現できない内容を説明できる方がいたら、是非ともご一報いただきたい。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。