ECサイト発の新・暮らし映画

[256]映画「青葉家のテーブル」から

現在公開中の「青葉家のテーブル」は、2018年4月より配信され、600万回以上再生されたWebドラマ(全4エピソード)の劇場版である。製作したのは、インテリア雑貨、キッチン用品、衣料品等を販売する他、連載コラム、動画、インターネットラジオ等のコンテンツを配信しているECサイト「北欧、暮らしの道具店」(クラシコム)で、本編には衣・食・住の生活提案が散りばめられ、とくに食事のシーンは印象的なものとなっている。

 映画の前段となるWebドラマでは、雑貨や服を扱うECサイト運営会社で働くシングルマザーの青葉春子(西田尚美)と息子で中学生のリク(寄川歌太)、春子の飲み友達でOLのめいこ(久保陽香)とその彼氏で小説家のソラオ(忍成修吾)の4人が共同生活を送る日常の中の出来事を描いていた。

Webドラマ「青葉家のテーブル」
https://hokuohkurashi.com/note/162688

 劇場版では、その青葉家に春子の旧友、国枝知世(市川実和子)の娘、優子(栗林藍希)が美術予備校(画塾)「踊り場美術学院」の夏期講習に通うために居候する2週間の出来事を描いている。

因縁の「はあちゃんライス」

春子と知世の因縁の料理「はあちゃんライス」。町中華「満福」の看板メニューである。
春子と知世の因縁の料理「はあちゃんライス」。町中華「満福」の看板メニューである。

 春子と知世は、20年前に絶縁して以来疎遠になっていて、今回の居候は優子がそうした事情を知らずに春子にメッセージを送り実現したものだった。知世は長野県の上田市で評判の町中華「満福」を経営しながら、ライフスタイリストとして3冊の著書を出し、TV番組「9 Essences」や135か国に配信される映像コンテンツ「World’s end cooking Season 4」等メディアの取材を受ける有名人で、優子はそんな母の娘であることの重圧から逃れようと色々なことに挑戦するものの、そのどれもが中途半端であった。

 今回の画塾では与田あかね(上原実矩)と瀬尾雄大(細田佳央太)という新しい友達はできたものの、ちょっとしたことでまたダメなパターンに陥ってしまう。そんな優子の悩みを聞いた春子は、自分と知世の若い頃を思い出し、ずっと引っかかっていた過去を清算するために上田に向かう。再会で明らかになる春子と知世の“青くてダサい”過去が、画塾での優子とあかねの関係、あるいは20年ぶりに活動を再開した伝説のバンド「Chocolate sleepover」のカバー曲コンペに向けたリクと優子とバンド仲間の取り組みと重なる“相似形の青春”。これが本作の構成の柱になっている。

 そんな春子と知世の過去に大きく関わっているのが、「満福」の看板メニューである「はあちゃんライス」。青菜チャーハンに半熟卵焼きを被せ、食べるラー油をトッピングした“中華オムライス”は、シンプルだがクセになる一品である。この料理をめぐる春子と知世の20年前の因縁については本編をご覧いただきたい。

ソラオのタコス研究

 青葉家の家事は分担が基本で、誰かが忙しい時はサポートし合うのが暗黙の了解となっている。食事を作るのは春子がメインで、優子を迎えた晩の水餃子をメインディッシュにした歓迎会の料理の数々や、パクチーとミニトマトを薬味に、つゆにナンプラーを加えたアジアンテイストのそうめん等が食欲をそそる。春子が“閉店宣言”中にめいこが野菜を手で千切って作った“包丁を使わない”焼きそばもなかなかのものだ。

 優子が居候中に朝食を担当したのはソラオで、毎日がタコスだが肉味噌納豆、プルコギ、カレーソーセージ、フィッシュフライ等多彩な具で飽きさせない。実はソラオはある目的のためにタコスの研究中で、あかねや雄大ら優子の画塾の友達も招いて食べ比べのタコスパーティーまで開いてしまうほどの熱中ぶりである。その成果についても本編でご確認いただきたい。

映像コンテンツの新たなビジネスモデル

 本作に流れる“スローライフ・スローフード”の空気感は、「かもめ食堂」(2006、本連載第22回参照)と似ている。くしくも本作の製作主体である「北欧、暮らしの道具店」の創業が「かもめ食堂」公開の翌年であることと、「かもめ食堂」の舞台が北欧のフィンランドであることは無縁ではないと感じる。ちなみに青葉家のロケセットには、同店の店長で本作のエグゼクティブプロデューサーである佐藤友子氏の自宅が使われている。

「北欧、暮らしの道具店」では、ECサイトで販売している商品を映画やWebドラマの衣装、食器・インテリア等の小道具に使うことでPRするのはもちろん、他企業とタイアップしたアナザーストーリーの製作や関連グッズの販売で製作費を回収しているという。出版社、百貨店、飲料メーカー、工務店等、映画界への異業種参入はこれまでにもあったが、同店の取り組みが新たなビジネスモデルとなるのか、注目していきたい。


【青葉家のテーブル】

公式サイト
https://aobakenotable.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2021年
公開年月日:2021年6月18日
上映時間:104分
製作会社:北欧、暮らしの道具店
配給:エレファントハウス
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:松本壮史
脚本:松本壮史、遠藤泰己
エグゼクティブプロデューサー:佐藤友子
プロデューサー:杉山弘樹
撮影:後藤武浩
美術:加藤小雪
音楽プロデューサー:剣持学人
劇中歌:トクマルシューゴ
録音:尾居土祐大
照明:石塚真也
編集:平井健一
衣装:下山さつき
ヘアメイク:タケダナオコ
カラリスト:根本恒
キャスティング:渡邉直哉
アソシエイトプロデューサー:山本純嗣
ラインプロデューサー:萩原里枝
助監督:吉田亮
メインビジュアル:後藤武浩
スチール:高木美佑
フードスタイリスト:冷水希三子
キャスト
青葉春子:西田尚美
国枝知世:市川実和子
国枝優子:栗林藍希
青葉リク:寄川歌太
ソラオ:忍成修吾
めいこ:久保陽香
与田あかね:上原実矩
瀬尾雄大:細田佳央太
中田まどか:鎌田らい樹
大工原ヒロ:大友一生
大島先生:芦川誠
紺介:中野周平
大工原史郎:片桐仁

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。