わな猟で獲物に対等に向き合う

[234]映画「僕は猟師になった」から

今回は、イノシシやシカなどの野生動物を捕えて身内で食しているわな猟師・千松信也とその家族の暮らしに700日密着したドキュメンタリーを紹介する。

 現在公開中の「僕は猟師になった」は、2018年4月30日にNHKで放映され、再放送希望が1,141件と反響が大きかったドキュメンタリー番組「ノーナレ けもの道 京都いのちの森」(ノーナレはナレーションなしの意味で番組のシリーズ名)に、300日の追加取材と俳優の池松壮亮のナレーションを加え、劇場用映画として再編集したものである。

獣の“命”と向き合う

 千松は1974年生まれ。自分探しを続けていた京都大学文学部在籍中にわな猟と出会い、狩猟免許を取得した。先輩猟師からくくりわな猟、無双網猟を学んで以来19年、現在では運送会社で働きながら京都の山で11月から3月までの四カ月の狩猟期間中に猟をする生活を送っている。

 幼い頃から動物好きだった千松は、自分以外の知らない誰かが殺した動物の肉を食べていることに違和感を持っていた。自分の食べる肉は自分で調達したい。“命”を奪うことも含めて動物と向き合いたいという思いから千松は猟を始めたという。

 銃猟ではなくわな猟という狩猟方法を選択したのも、一方的に銃で仕留めるのではなく、動物と対等に向き合いたいという思いからだという。

 くくりわなは、イノシシやシカ等の獲物が輪の中に足を入れると即座にバネが働いて輪が締まる仕掛けで、クマ等を誤って捕獲しないように輪を直径12cm以下にしなければならない等、細かな仕様が法律で定められている。千松は広大な山のけもの道を歩きながら足跡、エサ場、糞、ヌタ場(イノシシが泥浴びをする場所)等の痕跡をたどり、動物の習性を考えながら12cmのわなを仕掛けていく。

獣の“命”をいただく

 映画では、その年の初物として体長75㎝の雄イノシシを仕留めた顛末が描かれる。棒で獲物の急所をなぐって失神させ、ナイフでとどめを刺す。足が枝に絡んで悲鳴をあげる獲物を可哀そうと言いながら命を奪うという一見矛盾しているような行為は、心に折り合いを付けていないとできないことのように思える。しかし千松は「命を奪うのに慣れることはない」という。

 千松は基本的に獲物の販売や害獣駆除で報奨金を得ることはしておらず、自分と家族、友人が食べる分だけを獲ることにしている。「生きるための食料を自分の力で獲る」ことは、人間以外のほとんどの野生動物がやっていることであり、自分もその仲間に入れてもらいたいと思っているという。

 捕えたイノシシには毛のすみずみまで泥が入っており、マダニが寄生していることもあるので、念入りに水洗いすることが必要だ。その後腹を裂いて内臓を取り出し、腹の中を洗って冷やす。取り出した内臓も胆のうを胃薬として使うなど、捨てるところはない。

 その後解体室に運び、皮剥ぎ、吊るし、背割り、骨抜き等の行程を経て各部位に分け、精肉にする。「羽子板」と呼ばれる肩甲骨等の隙間の端肉もくまなく取り、肉を取った後の骨も煮込んでトンコツならぬイノコツスープにする。味付けは塩コショウだけのイノシシ焼肉、しゃぶしゃぶ、燻製、そしてイノコツラーメン……命を奪った者の責任として、一頭まるまる“命”をいただくことを心がけているように感じた。

“ケガの功名”のスズメ猟

 ある夜、仕留めたイノシシを運ぶ際に足を滑らせた千松は左足を骨折してしまう。医師から勧められた手術をやめた理由がまた千松らしいのだが、そこは映画を観て確認していただこう。

 千松は山歩きができなくなった間、先輩猟師の宮本宗雄に同行してスズメの無双網猟を手伝う機会を得る。無双網は地面に網を広げて、ロープを引っ張ると網が反転してスズメを獲る仕掛けで、獲物の動きに合わせてロープを引くタイミングが重要である。仕掛けておいて自ずから作動させるくくりわな猟とは勝手が違って苦戦する千松に対し、スズメをやすやすと文字通り一網打尽にしていく宮本の技は見事の一言である。

 獲ったスズメは甘辛いタレで丸焼きにして食べる。スズメの丸焼きは京都・伏見稲荷門前町の名物料理で、冬のスズメは脂が乗っておいしいという。

わな猟を学ぶ

 千松の著書「ぼくは猟師になった」(リトル・モア)、「けもの道の歩き方——猟師が見つめる日本の自然」(リトル・モア)、「自分の力で肉を獲る——10歳から学ぶ狩猟の世界」(旬報社)は、写真やイラストがふんだんに使われていて、わな猟入門としては格好の書である。映画を見る前にわな猟について知っておきたい方、映画をご覧になってわな猟に興味を持たれた方の両方におすすめしておく。

(敬称略)


【僕は猟師になった】

公式サイト
https://www.magichour.co.jp/ryoushi/
作品基本データ
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:日本
製作年:2020年
公開年月日:2020年8月22日
上映時間:99分
製作会社:NHKプラネット近畿
配給:リトルモア、マジックアワー
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督:川原愛子
構成:村本勝
プロデューサー:京田光広、伊藤雄介
撮影:松宮拓
音楽:谷川賢作
現場録音:蓮池昭幸
整音:小川武
編集:村本勝
キャスト
千松信也:出演
池松壮亮:ナレーション

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。