日本映画が描いたパンデミック

[223]映画が扱った感染症とその食(2)

伝染病・感染症を描いた映画を食べ物との関わりという視点から取り上げていくシリーズの2回目。中世・近代の感染症流行を描いたヨーロッパ映画を紹介した前回に続き、今回は現代を舞台にパンデミックを描いた日本映画を取り上げる。

「復活の日」のウイスキー

 1980年製作の深作欣二監督による角川映画「復活の日」は、小松左京の小説を原作とし、新型ウイルスによる人類滅亡という最悪のシナリオを、オリビア・ハッセー、グレン・フォード、ロバート・ボーンら海外のスターを招いて描いたSFパニック大作である。

1982年の秋
人類は死滅した
南極大陸に 863人の人間を残して──
一体 なぜ こんなことに──?

(映画「復活の日」オープニングタイトル)

 1982年2月、米軍が生物兵器として開発した新型ウイルスMM-88を盗んだ東側スパイの乗った飛行機がアルプス山中に墜落。密閉した容器の中で凍結保存されていたMM-88が外界に漏出してしまう。このウイルスはマイナス10℃以下では活動を停止するが、温度が上昇するとインフルエンザ等の他のウイルスにとりついて毒性を強め、爆発的に増殖してどんなワクチンも効かないという驚異の特性を持っていた()。

 4月、イタリアのミラノでMM-88による新疾患が出現。最初、風邪のような症状が出てから肺炎になり、他の症状を併発する。「イタリア風邪」と呼ばれたこの感染症は、人間をはじめあらゆる動物を死に至らしめながら全世界に伝播していく。6月には感染の波が日本にも押し寄せ、7月には医療崩壊が起き、死者は3,000万人を超えてしまう。おびただしい数の遺体を火炎放射機で処理する悪夢のような光景は、誰もが新型コロナウイルスに不安を抱えているこの時期に観るには刺激が強過ぎるかもしれない。

 そして9月、世界の主要都市は壊滅状態に陥り、人類は滅亡の時を迎えるというのが前段の主な経緯である。

 そんな中、マイナス10℃以下の南極大陸に滞在していたために生き残った各国の観測隊員863名は新政府を発足し、男855対女8という偏りを性の新秩序を確立することで克服し、人類の存続を図ろうとする。

「復活の日」より。コンウェイ提督は危険な任務に赴くカーター少佐にとっておきのウイスキーを勧める。
「復活の日」より。コンウェイ提督は危険な任務に赴くカーター少佐にとっておきのウイスキーを勧める。

 1年後、MM-88は依然として地球を征服し続けていた。生存者たちが氷の大陸に閉じ込められている中、日本観測隊の地質学者吉住(草刈正雄)が、旧アメリカの首都ワシントン近郊での大地震を予測する。これは次の恐るべき危機をもたらし得るものだった。すなわち、地震をソ連からの核攻撃と誤検知した全自動報復装置(ARS)が作動して報復攻撃のミサイルが発射され、それに対してソ連のARSも起動し、ついには南極を含む全世界が標的になる核攻撃の連鎖が起こるというものだ。

 ARSを止めるための決死隊に志願した英国海軍のカーター少佐(ボー・スベンソン)は、壮行会で米軍のコンウェイ提督(ジョージ・ケネディ)から特別な時のためにとっておいたというウイスキーを渡される。「本来なら辞退するのですが、今日だけは飲ませていただきます」というカーターからは、死地の戦いに赴く兵士の決意が感じられる。そしてカーターの助手として同行する吉住には、仲間からの粋な計らいが待っていた……。

 誇張の中に現実に通じる要素を見つけるのがSFの醍醐味。小松左京が「日本沈没」(1973)で描いた光景と人々の姿を、東日本大震災の折に思い浮かべた方も多いだろう。小松が「復活の日」を書き下ろしたのは前の東京オリンピックが開催された1964年だった。あたかも今日の新型コロナウイルスのパンデミックを予見したとも感じさせる小松左京の先見の明には感服の至りである。

※編集部註:ウイルスの場合は細菌等の生物と違い、大気中すなわち生物の細胞外で増殖することはありません。

「感染列島」のリンゴ

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 パンデミックの描写においてはやや粗削りな面があった「復活の日」に対し、近年流行したエボラ出血熱、SARS、鳥インフルエンザといった感染症の事例を踏まえ、新型ウイルスによる感染拡大をよりリアリティを感じさせる現代の視点で描いた作品が、瀬々敬久監督・脚本の「感染列島」(2008年)だ。

 映画の舞台は製作年の3年後である2011年の日本だったが、奇しくも公開された2009年には新型インフルエンザの流行があり、2011年には東日本大震災が起きた。

 2011年1月4日、東京都のいずみ野市立病院に新型インフルエンザの症状を呈する男性の急患が運び込まれる。救命救急医の松岡剛(妻夫木聡)は前日にその患者を診ていたが、そのときのインフルエンザの検査結果は陰性だった。あらゆるワクチンが効かず、未明に患者は死亡する。近隣駅の駅員やいずみ野から仙台に帰郷した男性にも同じ症状が出て、急患の対応にあたった安藤医師(佐藤浩市)も感染してしまう。そして、同時期に近隣の養鶏場で鶏が大量死していて、この感染症との関連が真っ先に疑われた。

 国立感染症予防研究所から対応を一任されたWHOのメディカルオフィサーで松岡の元恋人、小林栄子(壇れい)のもと、いずみ野市立病院は厚生労働省の管理下に置かれる。栄子はホワイトボードにウイルス対策の四カ条を示す。

それは何か(ウイルスの正体)

それは何をするのか(感染症が引き起こす症状)

それはどこから来たのか(感染経路の究明)

それをどう殺すのか(治療法)

 物語は栄子や松岡らがパンデミックの恐怖と向き合いながら四カ条を一つひとつ解明していく様子を、「飛沫感染」「クラスター」「隔離病棟」「院内感染」「医療崩壊」「ロックダウン」「非常事態宣言」といった、このところ新型コロナウイルス関連でよく耳にするようになった用語・事象を交えながら刻々と追っていく。

 四カ条の中で最も難航したのが「ブレイム」(神の罰)と名付けられたこのウイルスの感染経路の究明であった。実は養鶏場で大量死した鶏とは関係がなく、全く別な真相にたどり着く。その真相には、鶏ではないもので、日本人の食欲を満たすために日本企業が海外で行った事業が関係してくるのだが、そこは本編でご覧いただきたい。

 最後に残った治療法であるが、ウイルス分離には成功したもののワクチン量産までには時間がかかり、その間にも感染者は増え続ける。目の前の命を助けたい栄子と松岡はリスクを伴うある決断を下す。これ以上のネタバレを防ぐため具体的なことは述べないが、その決断の動機付けとなった名言をあげておく。

たとえ明日地球が滅びるとも、今日君はリンゴの樹を植える

 今やっていることは無駄になってしまうかも知れないが、今やること自体に価値があるのだというこの言葉は、現在新型コロナウイルスのせいでさまざまな困難を抱えているあらゆる人たちにも響くのではないかと感じた。

新型コロナウイルスに関する基本的な知識と最新の情報については厚生労働省をはじめ公的な機関の発表や呼びかけに注意してください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html


【復活の日】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1980年
公開年月日:1980年6月28日
上映時間:156分
製作会社:角川春樹事務所、TBS
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:深作欣二
脚本:高田宏治、グレゴリー・ナップ、深作欣二
原作:小松左京
製作:角川春樹
プロデューサー:岡田裕、大橋隆
撮影:木村大作
美術:横尾嘉良
音楽監督:鈴木清司、羽田健太郎
音楽プロデューサー:テオ・マセロ
主題歌:ジャニス・イアン
録音:紅谷愃一
照明:望月英樹
編集:鈴木晄
監督補佐:高須準之介
キャスト
吉住周三:草刈正雄
中西博士:夏木勲
浅見則子:多岐川裕美
松尾隊員:永島敏行
辰野の妻:丘みつ子
若い母親:中原早苗
真沢隊員:森田健作
山内博士:千葉真一
辰野隊員:渡瀬恒彦
土屋教授:緒形拳
女性隊員マリト:オリヴィア・ハッセー
リチャードソン大統領:グレン・フォード
コンウェイ提督:ジョージ・ケネディ
カーター少佐:ボー・スベンソン
ロペス大尉:エドワード・J・オルモス
女性隊員サラ:ステファニー・フォークナー
マイヤー博士:スチュアート・ギラード
ラトウール博士:セシル・リンダー
マクラウド艦長:チャック・コナーズ
ガーランド統参議長:ヘンリー・シルバ
バークレイ上院議員:ロバート・ボーン

(参考文献:KINENOTE)


【感染列島】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2008年
公開年月日:2009年1月17日
上映時間:138分
製作会社:「感染列島」製作委員会
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:瀬々敬久
企画:下田淳行
プロデューサー:平野隆
共同プロデューサー:青木真樹、辻本珠子、武田吉孝
撮影:斉藤幸一
美術:金勝浩一
音楽:安川午朗
主題曲/主題歌:レミオロメン
録音:井家眞紀夫
照明:豊見山明長
編集:川瀬功
ライン・プロデューサー:及川義幸
助監督:李相國
スクリプター/記録:江口由紀子
SFX/VFXスーパーバイザー:立石勝
製作担当:藤原恵美子
キャスト
松岡剛:妻夫木聡
小林栄子:檀れい
三田多佳子:国仲涼子
三田英輔:田中裕二(爆笑問題)
真鍋麻美:池脇千鶴
鈴木浩介:カンニング竹山
高山良三:金田明夫
神倉章介:光石研
池畑実和:キムラ緑子
立花修治:嶋田久作
田村道草:正名僕蔵
クラウス・デビッド:ダンテ・カーヴァー
鈴木蘭子:馬渕英俚可
柏村杏子:小松彩夏
小森幹夫:三浦アキフミ
神倉茜:夏緒
本橋研一:太賀
仁志稔:藤竜也
安藤一馬:佐藤浩市

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。