中国ではそれぞれの街に食品を扱う数多くの市場が存在する。一つの市場に複数の店舗が入居しているが、その数は十数から数十店舗まで、規模はさまざまである。大規模な市場でも屋根を備えることが一般的で、雨の日も買物が容易である。小規模な市場の場合は一つの建物に収まっているケースも少なくない。
ワンストップで食材がそろう市場
このような街中の市場の商品は生鮮食品がメインであり、野菜、果物、魚介類、食肉、鶏卵の他に、穀類、干物、調味料、飲料、酒類、加工食品の店舗が加わることが多い。生産者が直接出店する他に市場経営者が仕入れているケースもあるようだ。
多種類の食材を1カ所で入手できるのは便利である。日本のスーパーマーケットに該当する存在と感じている。購買者は業務店関係者だけでなく一般の人も多い。にぎわうのは食事前の時間帯で、とくに朝夕は多くの人々で混雑する。市民の生活に欠かせない存在である。
日本では卸売市場は「鮮魚、野菜・果物、肉類、花きなどの生鮮食料品等を卸売する」と規定されていて、東京の豊洲や大田のような中央卸売市場では許可を受けた仲卸業者等でなければ取引はできない。それ以外に、公設・私設の小売市場というものがあり、今回紹介する中国の市場はそれに似たものである(筆者は東京都三鷹市在住であるが、比較的近くにあって身近な例として、府中市の府中市場(大東京綜合卸売センター)や調布市の深大にぎわいの里 調布卸売センターなどがある)。
生鮮の取り扱いには不安がある
市場は面白いので、発見すると中に入る。日本では見かけない食材を眺めるのは楽しいものだ。ただし、傷みやすい食材の取り扱いで不安を感じる点がある。魚介類は氷を使用していない場合が多い。それ以上に、食肉をカバーのない状態で、かつ常温で扱う光景は何度観ても強い違和感がある。
日本においては、魚介類は速やかに冷蔵または冷凍されて流通する(コールドチェーン)。特別なケースでは、生きたまま運ばれることもある。店舗での扱いがずさんなものは、そこに届く前の流通段階でもずさんな状態だった可能性が高い。当然、鮮度が低下して、安全性もおいしさも劣る結果になる。
食肉(食鳥を含む)も、日本では主な家畜と食鳥についてはと畜場・食鳥処理場の施設・設備の条件が定められており、資格を持つ衛生管理責任者が存在する。そして店頭までのコールドチェーンは魚介類と同様である。販売店は食肉販売業許可が必要で、施設整備や衛生管理責任者の設置が必要である(中国でも「食品販売」の資格が必要とされる)。
中国の料理は強い加熱を行うことが一般的で、付着する微生物は殺菌される。それで衛生管理に対する考え方が緩いのかもしれない。しかし、食中毒には感染型と毒素型がある。感染型に対しては加熱殺菌が有効と言えるが、毒素型はそうはいかない。ブドウ球菌が産生するエンテロトキシンのように、熱に強い毒素があるからだ。
中国の行政もこの状態を好ましくないと考えており、衛生状態の改善を指導している。その結果、氷を用いた魚介類の扱いや冷蔵ショーケースを備えた食肉の販売が増えている。日本のスーパーマーケットと同等な条件である。ただし、コストがかかり、販売価格は高くなる。ベネフィットとリスクを配慮することになるが、購買先を選択するのは消費者である。
ジビエの取り扱いはより高度な管理が必要
さて、そんな中国の市場には、一般的な生鮮のほかに高級食材のジビエが入手できる市場がある。ジビエ食は中国では「野味」(イェーウェイ)と言い、根強い人気がある。「4本足なら机と椅子以外すべて食べる」などはよく知られたフレーズだが、シカやイノシシなど日本でも食べられるもの以外にタケネズミ、クマ、アナグマ、ウサギ、ハクビシン、コウモリ、キジ、カモ、ヘビなど、野味として利用されるものは枚挙にいとまがない。古くから珍味として知られる熊の手は1本数万円するという。
これらのいくつかが、昨今話題の武漢市の華南海鮮市場で販売されていたという。養殖が含まれるが、捕獲した野生動物であれば違法である。
牛や鶏などの家畜でも、有害な食中毒菌を保持していることがあるが、ジビエの販売・調理にはさらに特別の配慮が必要になる。家畜ではない動物の場合、新型コロナウイルスのように対応困難な人獣共通感染症の病原体を保持していることがあるからだ。それを防ぐには全身を覆う完全防御の服装が必要だが、現実的ではない。そして調理では的確な加熱が必須である。なお、これらは日本でも同様に必要な事柄である。
行政や会社などの組織は普段からリスクに対する準備が必要である。リスクマネジメントである。リスクは過去の事故例などを参考にするが、伝染病対策はその最たるものである。何か起きれば、「最悪の事態」を想定して迅速に行動しなければならない。新型コロナウイルス感染症では、かつて発生したSARSの経験を十分に生かすことができず、初期対応が遅れてしまった。
世界各国で膨大な人々が健康を損ない、2020年3月初旬の時点で3,000名を超える人命が失われた。また、世界経済への大きな悪影響が懸念されている。速やかな終息を祈っている。