勝者のアフタヌーン・ティー

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いよいよ9月20日からラグビーワールドカップ2019日本大会が開催される。今回はそれにちなみ、ラグビーを題材とした映画の中で飲食が果たした役割について述べていく。

人種対立をノーサイドに

 ジョン・カーリンのノンフィクション小説をクリント・イーストウッドが監督した「インビクタス 負けざる者たち」(2009)は、南アフリカ共和国におけるアパルトヘイト(人種隔離政策)の撤廃に尽力したネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)とラグビーを巡る実話を基にしたドラマである。

 1993年にノーベル平和賞を受賞し、1994年には南アフリカ初の黒人大統領に就任したマンデラは、くすぶり続ける黒人と白人の対立を越えて南アフリカを一つにまとめるために、ラグビーの南アフリカ代表チーム(スプリングボクス)のキャプテン、フランソワ・ピナール(マット・デイモン)の協力を仰ぎ、1995年に南アフリカで開催された第3回ラグビーワールドカップ大会での優勝を目指した。

「サッカーは暴れ者が戦う紳士のスポーツ、ラグビーは紳士が戦う暴れ者のスポーツ」

 映画の冒頭、整備された芝のグラウンドで白人がラグビー、荒れた土のグラウンドで黒人がサッカーに興じる間の道を、釈放されたマンデラの車列が通っていく。このシーンに象徴されるように、南アフリカの黒人の大多数はサッカー好きだがラグビーは白人のスポーツとして嫌っていた。国際試合があれば、黒人選手がチェスター・ウィリアムズ一人しかいない自国チームのスプリングボクスよりも敵のチームを応援していた。

 そのため、白人から政権を奪ったマンデラの支持者たちは、チーム名の由来となったスプリングボック(南アフリカに棲息するシカの一種)のエンブレムと、伝統の緑と金のジャージカラーを変えようとする。これに待ったをかけたのが他ならぬマンデラだった。彼は言う——勝者の我々が敗者の白人の誇りまで奪ってよいはずがない。闘った相手に復讐ではなく寛大さを示すことは彼ら白人にはできなかったことであると。

「マンデラの名もなき看守」(2007、ピレ・アウグスト監督)や「マンデラ 自由への長い道」(2013、ジャスティン・チャドウイック監督)で描かれたように、反アパルトヘイト運動で逮捕され、国家反逆罪で27年もの間ロベン島の強制収容所等に投獄されていたマンデラだからこそ言える重みがある言葉である。そして闘いが終われば勝者も敗者もないというのはラグビーの「ノーサイド」の精神に通じるものがある。

奇跡を呼んだ茶会

マンデラはフランソワを英国風のアフタヌーン・ティーでもてなす。
マンデラはフランソワを英国風のアフタヌーン・ティーでもてなす。

 黒人と白人がスクラムを組んだ「ワン・チーム、ワン・カントリー」を掲げるマンデラのスタンスは、ワールドカップの自国開催まで1年に迫る中、低迷するスプリングボクスを率いるフランソワをお茶に招いたときも同じだった。国際試合で連敗を重ね、試合後のロッカールームでチームメートと苦いビールを味わっていたアフリカーナー(ヨーロッパ系白人)のフランソワを、マンデラは英国風のアフタヌーン・ティーでもてなす。そうして相手の立場に立ってリラックスさせながら、マンデラはフランソワに、チームが実力以上の力を発揮するためにリーダーは何をすればよいかという、ワールドカップ優勝に向けた重要なアドバイスを与えるのだ。このとき、マンデラが引き合いに出したのは、ビクトリア朝時代のイギリスの詩人、アーネスト・ヘンリーの「インビクタス」の一節であった。

“I am the master of my fate, I am the captain of my soul.”

(私が我が運命の支配者、我が魂の指導者なのだ)

 マンデラがロベン島での獄中生活で絶望的な状況に陥ったときに再び立ち上がる力を与えたこの詩と、黒人解放運動のシンボルとして歌われ、アパルトヘイト撤廃後の南アフリカの国歌となった「神よ、アフリカに祝福を」とが、フランソワをはじめとするスプリングボクス・フィフティーンが奇跡を起こす原動力となった。そして、その奇跡に至るターニングポイントこそ、マンデラとフランソワのアフタヌーン・ティーだったと言えるだろう。

悪夢と大金星

 ラグビーの我が日本代表チームは、アジアの強豪としてワールドカップに第1回(1987)から毎回出場を果たしているが、世界との力の差は歴然としている。本作の舞台となった1995年の第3回ラグビーワールドカップ大会では、スプリングボクスと決勝で対戦した“世界王者”オールブラックス(ニュージーランド代表)に17対145という歴史的大敗を喫した。これは今でも、ワールドカップの1試合最多得点(失点)記録、オールブラックスの最多得点差記録、日本代表の最多失点差記録であり、「ブルームフォンテーンの悪夢」と呼ばれている。

 しかし、そんな屈辱をバネにして力を付けてきた日本代表は、2015年にイングランドで開催された前回の第8回ワールドカップ大会で、ワールドカップ二度の優勝を誇る強豪スプリングボクスに34対32で勝利するという大金星を挙げた。この大会で日本代表は4戦中3勝したものの惜しくも初の一次リーグ突破はならなかった。

 自国開催のアドバンテージがある今回は、1995年のスプリングボクス級の奇跡を起こして欲しいと願っている。

【インビクタス】

「インビクタス」(2010)

作品基本データ
原題:Invictus
製作国:アメリカ
製作年:2009年
公開年月日:2010年2月5日
上映時間:134分
製作・配給:ワーナー・ブラザース映画
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:クリント・イーストウッド
脚本:アンソニー・ペッカム
原作:ジョン・カーリン
製作総指揮:モーガン・フリーマン、ティム・ムーア
製作:ロリー・マクレアリー、ロバート・ロレンツ、メイス・ニューフェルド、クリント・イーストウッド
撮影:トム・スターン
プロダクション・デザイン:ジェームズ・J・ムラカミ
音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンス
編集:ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ
キャスト
ネルソン・マンデラ:モーガン・フリーマン
フランソワ・ピナール:マット・デイモン
ジョナ・ロムー:ザック・フュナティ
ルーベン・クルーガー:グラント・L・ロバーツ
ジェイソン・シャバララ:トニー・キゴロギ
ネリーン:マルグリット・ウィートリー
ジョエル・ストランスキー:スコット・イーストウッド
ジョージ:ラングレー・カークウッド
ジンジ・マンデラ:ボニー・ヘナ
スプリングボクスのマネージャー:ショーン・キャメロン・マイケル
エティエンヌ・フェイダー:ジュリアン・ルイス・ジョーンズ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。