探偵は北海道のBARにいる

[185]

さる9月6日に大地震に見舞われた北海道を応援したい気持ちから、今回は札幌を舞台とした「探偵はBARにいる」シリーズを取り上げたい。

 本シリーズは、東直己のハードボイルド探偵小説「ススキノ探偵シリーズ」の諸作品の映画化であり、2011年以降3作が公開されている。以下、rightwideの“ナリキリ”でご紹介する。

ギムレットと「開拓おかき」

「人口190万、アジア最北の大歓楽街、札幌・ススキノ。ここは俺の街、俺はこの街のプライベートアイ、そう、探偵だ」

「俺」こと探偵が事務所代わりに使っているバー「KELLER OHATA」の看板。
「俺」こと探偵が事務所代わりに使っているバー「KELLER OHATA」の看板。

 探偵こと「俺」(大泉洋)は携帯電話が嫌いで、行きつけのバー「KELLER OHATA」を連絡先にしている。「KELLER OHATA」の大畑マスター(桝田徳寿)は、俺が戻ると黙って黒電話と共にキープしておいたピースと胃薬の缶を出してくれる。無口だが以心伝心なところがいい。このマスター、リアルでも役者の傍ら札幌で「SAKE BARかまえ」という店を経営しているらしい。

 俺には高田(松田龍平)という相棒兼運転手がいる。高田の本業は北大農学部畜産科の助手。普段は寝てばかりいて愛車のミツオカ・ビュートはとんでもないポンコツだが、空手の腕前だけは師範代クラスで、いざという時に頼りになる男だ。

 ひと仕事終えた俺たちがバーに戻って最初に頼むのは、俺がギムレットで高田はバーボンソーダと「開拓おかき」。チャンドラーの小説「ロング・グッドバイ」でテリー・レノックスがフィリップ・マーロウに言ったセリフ「ギムレットには早すぎる」を気取っている訳ではないが、俺たちのいる世界がハードボイルドそのものなのだ。

 ヤクザ、チンピラ、情報屋、風俗嬢、オカマ、客引きといったひと癖もふた癖もある連中に囲まれて、殺人、暴行、失踪、密売、謀略といった犯罪に巻き込まれることはざら。

「バーにかかってきた電話」を原作とした1作目「探偵はBARにいる」(2011)では雪原の穴に埋められ、「探偵はひとりぼっち」を原作とした2作目「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」(2013)では1972年札幌オリンピックの会場となった大倉山ジャンプ競技場の頂上に立たされ、「探偵はバーにいる」を原案にしたオリジナル脚本の3作目「探偵はBARにいる3」(2017)では漁船の舳先に全裸で縛り付けられて真冬のオホーツク海の荒波を浴びたこともあった。

マルガリータがふさわしい女たち

 まあ、「プレイバック」のマーロウのセリフ「男はタフでなければ生きて行けない。優しくなければ生きている資格がない」を地で行くのが俺ってことだ。

「優しくなければ生きている資格がない」についてだが、3本の映画の事件はいずれも依頼人の女が鍵を握っていた。1作目で焼死したコンドウキョウコを名乗って「KELLER OHATA」に電話してきた沙織(小雪)、2作目で殺されたオカマのマサコちゃん(ゴリ)がファンだった美人ヴァイオリニストの河島弓子(尾野真千子)、3作目で失踪した女子大生・麗子(前田敦子)が所属していたモデルクラブの美人オーナー・マリ(北川景子)。いずれも謎めいたところのあるファム・ファタールだったが、探偵は依頼人を守るのが仕事だ。嘘だとわかっていてもだまされてやらなきゃならないこともある。

 そう言えば、1作目で情報源の「北海道日報」記者・松尾(田口トモロヲ)と行ったバーで俺が頼んだカクテルはマルガリータだった。狩猟場で流れ弾に当たって死んだスペイン女にちなんで恋人の男が名付けたと言われているカクテルは、はかない人生を送った俺の依頼人の女たちにこそふさわしいと、今にして思う。

「喫茶モンデ」のナポリタン

 俺の朝はススキノの喫茶店「喫茶モンデ」で始まる。ここで決まって頼むのはまずいナポリタンとコーヒー。それを運んでくるウェイトレスの峰子(安藤玉恵)は俺に気があるらしく、毎朝無駄な挑発を仕掛けてきてコーヒーよりも俺の目を覚ましてくれる。全く、俺の依頼人の女たちの爪の垢でも煎じて飲ませたい気分だぜ。

 劇中のナポリタンはまずく見せるためにわざと麺にうどんを使う等工夫しているようだが、ロケ地となった喫茶店「喫茶トップ」のナポリタンは道産子の間でおいしいと評判の一品だ。喫茶店は残念ながら2017年に閉店したが、洋風居酒屋「バールトップ」として復活し、看板料理であるナポリタンの味も引き継がれている。

ジンギスカン、ラーメン、すし、だけじゃすまない

 俺の話には、ほかにも北海道のうまいものがたくさん登場するんだ。

1作目
俺が札幌の老舗暴力団「桐原組」の若頭の相田(松重豊)と入ったジンギスカン(ロケ地は東京)
俺が拉致される前に高田と食べていた狸小路「三角山五衛門」のラーメン(2作目にも登場)
2作目
俺が暴漢集団に襲われる前に高田と飲んでいた「焼き鳥やむや」
謎解きの舞台になったアジア料理店「コピアティム」
3作目
小樽の「お食事処のんのん」で女子大生の麗子が食べていたウニイクラ丼(海産物が豊富な港町の小樽は寿司もうまい)
マリのモデルクラブを訪れた後、俺が高田と入ったススキノ「京城屋」のホルモン焼肉

 それから、3作目では、毛ガニが事件のキーアイテムだったし、稚内のタラバガニが事件の黒幕である北城(リリー・フランキー)のサディスティックな性格を示す小道具として使われていたな。

 各作品のエンドロールでは、ニッカウヰスキーのラベルに描かれている“キング・オブ・ブレンダーズ”W.P.ローリーのネオンがランドマークのススキノと、札幌の壮大な夜景が空撮で映し出され、俺たち人間の所業などちっぽけなものであることを否が応でも思い知らされる。地震から半月後にやっと再点灯したニッカのネオンのように、北海道の人々の心が輝きを取り戻す日が1日も早く訪れることを願ってやまない。

※マルガリータの由来は諸説あります。


【探偵はBARにいる】

「探偵はBARにいる」(2011)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2011年
公開年月日:2011年9月10日
上映時間:125分
製作会社:「探偵はBARにいる」製作委員会
配給:東映
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:橋本一
脚本:古沢良太、須藤泰司
原作:東直己「バーにかかってきた電話」
企画:香月純一、桑田潔
製作:平城隆司
プロデューサー:上田めぐみ、須藤泰司、今川朋美
音楽:池頼広
キャスト
探偵:大泉洋
高田:松田龍平
沙織:小雪
霧島:西田敏行
客引きの源ちゃん:マギー
スポーツバーのマスター:榊英雄
岩淵貢:本宮泰風
峰子:安藤玉恵
元従業員:新谷真弓
近藤京子:街田しおん
「則天道場」塾生:野村周平
マキ:カルメン・マキ
弁護士 南:中村育二
田口康子:阿知波悟美
松尾:田口トモロヲ
佐山:波岡一喜
田口幸平:有薗芳記
近藤百合子:竹下景子
岩淵恭輔:石橋蓮司
相田:松重豊
カトウ:高嶋政伸
近藤恵:吉高由里子

(参考文献:KINENOTE)


【探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点】

「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」(2013)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2013年
公開年月日:2013年5月11日
上映時間:119分
製作会社:「探偵はBARにいる2」製作委員会
配給:東映
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:橋本一
アクション・コーディネーター:諸鍛冶裕太
脚本:古沢良太、須藤泰司
原作:東直己「探偵はひとりぼっち」
企画:有川俊、桑田潔
製作:白倉伸一郎、平城隆司、木下直哉、日達長夫、畠中達郎、鈴井亜由美、香月純一、村田正敏、樋泉実、岩本孝一、山本晋也、大辻茂、笹栗哲朗、早川浩
プロデューサー:須藤泰司、栗生一馬、大川武宏、八木征志
撮影:田中一成
美術:福澤勝広
装飾:大庭信正
音楽:池頼広
音楽プロデューサー:津島玄一
録音:田村智昭
整音:室薗剛
照明:吉角荘介
編集:只野信也
ライン・プロデューサー:林周治
助監督:倉橋龍介
キャスト
俺:大泉洋
高田:松田龍平
弓子:尾野真千子
マサコちゃん:ゴリ
橡脇孝一郎:渡部篤郎
松尾:田口トモロヲ
フローラ:篠井英介
佐山:波岡一喜
学生:近藤公園
新堂艶子:筒井真理子
野球男:矢島健一
相田:松重豊
源ちゃん:マギー
泥酔男:池内万作
峰子:安藤玉恵
ヒロミ:佐藤かよ
極上女:麻美ゆま
大畑:桝田徳寿
トオル:冨田佳輔
モツ:徳井優
桐原:片桐竜次

(参考文献:KINENOTE)


【探偵はBARにいる3】

「探偵はBARにいる3」(2017)

公式サイト
http://www.tantei-bar.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2017年
公開年月日:2017年12月1日
上映時間:122分
製作会社:「探偵はBARにいる3」製作委員会
配給:東映
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:吉田照幸
脚本:古沢良太
原作:東直己
音楽:池頼広
キャスト
探偵:大泉洋
高田:松田龍平
マリ:北川景子
諏訪麗子:前田敦子
モンロー:鈴木砂羽
北城仁也:リリー・フランキー
松尾:田口トモロヲ
波留:志尊淳
源:マギー
峰子:安藤玉恵
教頭先生:正名僕蔵
フローラ:篠井英介
相田:松重豊
マネージャー:野間口徹
椿秀雄:坂田聡
ブッチョ:土平ドンペイ
工藤啓吉:斎藤歩
原田誠:前原滉
北城の手下:天山広吉
桐原:片桐竜次

(参考文献:KINENOTE)

アバター画像
About rightwide 351 Articles
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。