「ぼくを探しに」のシューケットとマドレーヌとハーブティー

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マドレーヌ
マダム・プルーストのハーブティーとマドレーヌ

今回は現在公開中の「ぼくを探しに」の中で重要な役割を持つお茶とお菓子について見ていこう。

 本作は長編デビュー作の「ベルヴィル・ランデブー」(2003)や「ぼくの伯父さん」(1958)のジャック・タチの遺したシナリオを映画化した「イリュージョニスト」(2010)等の作品で知られるアニメーション作家シルヴァン・ショメ初の実写作品である。「アメリ」(2001)のプロデューサーであるクローディー・オサールが製作を手がけ、似通ったテイストの作品に仕上がっている。

醒めない夢とシューケット

シューケット
ポールが心を満たすために食べているシューケット

 主人公のポール(ギョーム・グイ)は幼い頃に事故で両親を亡くしたショックで失語症となり、アニー(ベルナデッド・ラフォン)とアナ(エレーヌ・ヴァンサン)という双子の伯母にピアノの英才教育を受けて育った。

 事故以前の記憶がなく未だに両親の死を受け入れられないでいる彼にとって現実は醒めない夢のようなもので、空虚な心を満たすために絶え間なく口にしているのがフランスの代表的な庶民的菓子のシューケットである。そのレシピは家庭でも簡単に作れるものなので、興味がある方はお試しあれ。

シューケット

【材料(20個分)】
小麦粉(薄力粉)……90g
バター……65g
水と牛乳……各75cc(計150cc)
卵……3個
砂糖……小さじ1杯
塩……ひとつまみ
あられ糖……適量(たっぷりがオススメ)
【作り方】
1. 小麦粉(薄力粉)をふるいにかける。
2. 天板にアルミホイルを敷き、薄くバターを塗っておく。オーブンを210℃に予熱しておく。
3. 鍋にバター、水、牛乳を入れ中火にかける。沸騰したらすぐ火から下ろし、ふるった粉を一度に入れ、木べらで手早く混ぜる。
4. 粉気がなくなりまとまったら、再び中火にかけよく練り混ぜる。鍋底に薄い膜が出来たら火から下ろし、別のボウルに移す。
5. 溶いた卵を2~3回に分けて固さを見ながら加えよく練り混ぜる。溶き卵は後で塗り卵に使うので少し残しておく。
6. 生地を口金1cmの絞り袋に入れ、間隔を開けて直径3~4cmに絞り出す。高さ1cm位のところから口金を動かさずにグーッと絞り出し、最後は力を抜いて小さな円を描くようにする。または2つのスプーンを使って鉄板の上に丸く生地を乗せる。
7. 塗り卵を表面に刷毛で塗る。あられ糖をたっぷり振りかけて少し押さえつける。
8. オーブンの温度を190℃に下げ、25~35分焼く。
9. こんがりした焼き色になったら焼き上がり。

(「ぼくを探しに」パンフレットより)

「失われた時」を呼び覚ますマドレーヌとハーブティー

マドレーヌ
マダム・プルーストのハーブティーとマドレーヌ

 そんなある日、ポールは伯母たちの友人である盲目のピアノ調律師Mr. コエーリョ(ルイス・レゴ)に導かれ、同じアパルトマンに住むマダム・プルースト(アンヌ・ル・ニ)と出会う。彼女はセラピーを営んでおり、Mr. コエーリョも顧客の一人だった。

 そのセラピーの内容とは、彼女が振舞うマドレーヌとハーブティーの不思議な力で、失われた過去の記憶を呼び覚ますというものだった。マダム・プルーストという名前とマドレーヌの話で文学好きな方ならピンと来たと思うが、この設定はフランスの文豪マルセル・プルーストの大作「失われた時を求めて」にある同様の描写から着想を得たものである。

 マダム・プルースト曰く、マドレーヌはオレンジ味などではなく普通のものが効くとのことで、ハーブティーには彼女が室内の家庭菜園で育てた野菜が使われているらしかった。

 アスパラガスの入った“お試し版”の赤いカップのハーブティーで効果を実感したポールは、伯母たちの目を盗み、1回50ユーロを支払って本番用の青いカップのハーブティーとマドレーヌで失われた過去への旅に出発する。

 そこで出会ったのは原題になったポールの父(ギョーム・グイの二役)の名前でもあるシャンソン「ATTILA MARCEL」(「ベルヴィル・ランデブー」のサウンドトラックに収録)の歌詞にあるような夫の妻に対するDVであったり、決していい思い出ばかりではないのだが、彼は偶像のように慕う母アニタ(ファニー・トゥーロン)への思いから過去への旅を続け、やがて両親の真の関係と事故の真相を知ることになるのである。

こぼれ話

 アニー伯母さんを演じるベルナデッド・ラフォンは、フランソワ・トリュフォーの初期の短編「あこがれ」(1958)で映画デビューし、「二重の鍵」(1959)、「唇によだれ」(1959)、「私のように美しい娘」(1972)、「ママと娼婦」(1973)等の作品に出演したフランス・ヌーヴェルヴァーグを代表する女優の一人である。

 ことに「あこがれ」で見せた自転車に乗る颯爽とした姿は思春期の少年の美しい若い女性への憧憬を体現するようなものだった。残念ながら昨年の7月25日に亡くなり、この作品が遺作となってしまった。謹んでご冥福をお祈りしたい。


【ぼくを探しに】

公式サイト
http://bokuwosagashini.com/
作品基本データ
原題:ATTILA MARCEL
製作国:フランス
製作年:2013年
公開年月日:2014年8月2日
上映時間:106分
製作会社:Eurowide Film Production, Pathé, France 3 Cinéma
配給:トランスフォーマー
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:シルヴァン・ショメ
製作総指揮:フランソワ=ザヴィエ・デクレーヌ、ヘレン・オリーヴ
製作:クリス・ボルズリ
撮影:クローディー・オサール
撮影:アントワーヌ・ロッシュ
プロダクション・デザイン:カルロス・コンティ
キャスト
ポール/アッティラ・マルセル:ギョーム・グイ
マダム・プルースト:アンヌ・ル・ニ
アニー伯母さん:ベルナデッド・ラフォン
アナ伯母さん:エレーヌ・ヴァンサン
Mr. コエーリョ:ルイス・レゴ
アニタ:ファニー・トゥーロン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。