食品照射のだいたいのしくみを説明したタクヤ。リョウは世界的には許可、実用されている技術と聞いて、実際に使われている例を知りたがる。
コショーかけて放置したピザに御用心
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「お腹空きました。今日も朝から移動しっぱなしでろくに何も食べてなくて」
リョウ 「忙しいのはなによりだ。ピザあるけど食うか」
タクヤ 「ありがとうございます」
リョウ 「昨日宅配してもらったやつだけどな」
タクヤ 「げ」
リョウ 「ほら、残ってるの箱ごと食え」
タクヤ 「あれ? 隊長、これブラックペッパーかかってますね」
リョウ 「ピザにはブラックペッパーだろ。タバスコかけたら殴ってやる」
タクヤ 「またそういう。好きな人もいるんですからね。それより、すいませんがこれ、チンしてもらえますか。ちょっと長めに」
リョウ 「そりゃそうだな。冷めてチーズ固まったピザはまずいからな」
タクヤ 「それもありますけど、お腹壊したくないんで」
リョウ 「失礼な。ちゃんとしたピザ屋のちゃんとしたピザだぞ!」
タクヤ 「でも、黒コショー振って一晩経ってるんですよね」
リョウ 「だからなんだ」
タクヤ 「隊長、スパイスって、一般にものすごく微生物汚染の多いものだと思っておいたほうがいいです」
リョウ 「は? だってスパイス自体に殺菌作用とかあるんじゃないのか?」
タクヤ 「実験室の実験でスパイス振りかけた培地では微生物の繁殖が少なかったですとかいうことはあるのかもしれませんが、輸入したスパイスの微生物汚染調べると、けっこう出て来るものだということです」
リョウ 「へぇ。ただ、まぁ、たいていは加熱調理に使うから問題ないんだろうな」
タクヤ 「その中には耐熱性菌もあるので、煮たり焼いたりチンしたりして済むかどうかわかりませんがね。あと、こんな風に出来上がった料理に振りかけて戸棚の中にしまっちゃったみたいなことはしないほうがいいですよ。あと、最近肉料理に黒コショーまぶしたものが仕出しなんかで出たりしますが、あれも私は感心しないなぁと思ってます」
リョウ 「なんで微生物汚染されてるんだ」
タクヤ 「そりゃ隊長、スパイスは木の実とかでしょう。熱帯の露地で栽培されているものが多いわけですし、どうしても多くなるでしょうね。そもそも、スパイスに限らず、果物でも野菜でも魚でも肉でも、もともと相応の微生物汚染はあるわけです。それを生で口に入れることを続ける限り、いつか誰かは当たると思っておくべきですよ」
リョウ 「今日のお前かもしれないと」
タクヤ 「隊長かもしれません」
放射線照射はさまざまな食品に許可されている
リョウ 「でもなー、ピザに挽きたてのブラックペッパーはやめられないな。なんかいい手はないのか。てか、スパイスは生産地なり流通過程でなり、なんらかの殺菌はされているんだろ?」
タクヤ 「国・地域とモノによってさまざまですが。基本は加熱ですね。焙煎したり、水蒸気を使ったり」
リョウ 「なるほど。前回の話で出た、熱処理でフリーラジカルを産生して微生物をやっつけるわけだ」
タクヤ 「ただし、こういう方法では当然、香味は損なわれます」
リョウ 「なんともったいない。あの、ほら、紫外線とかどうなんだ。床屋さんとか病院とかに紫外線滅菌器なんてものが置いてあるじゃないか」
タクヤ 「紫外線は有効なんですが、表面にしか効かないんですよ。皮の内側に入っちゃった微生物はセーフとなっちゃいます」
リョウ 「チッ。いいこと考えたと思ったのに」
タクヤ 「あとは化学処理ですね。酸化エチレン(エチレンオキサイド)とか酸化プロピレン(プロピレンオキサイド)とかのガスで燻蒸したり、ジアソー(次亜塩素酸ナトリウム)使ったり」
リョウ 「化学物質化学物質した名前のものばっかだな」
タクヤ 「これらを使った場合は、残留が問題になります。それはもちろん香味を損ないますし、残留物質から毒性のある物質が出来たり、栄養のあるものなら栄養素の破壊も問題になります。あと、使い方によると思うんですが、次亜塩素酸ナトリウムから塩素酸ナトリウムが出来ちゃうことがありまして、これの結晶は火薬原料でして、爆発事故の可能性もあります」
リョウ 「こえ~。でも、薬剤としては効くんだろ?」
タクヤ 「それなりの殺菌効果はあります。ただ、全滅させる滅菌ほどには至りませんが」
リョウ 「ふーむ。お前の言いたいことがわかってきたぞ。スパイスにも食品照射だと言いたいんだろ?」
タクヤ 「ご明察。食品照射なら、熱処理や化学処理よりも高レベルな滅菌が可能で、しかも残留がなく、香味や栄養素への影響もほとんどないわけです」
リョウ 「だからこれからぜひやっていきましょうよと」
タクヤ 「いえいえ、これはすでに実用技術で、政府が許可し、実際に行っている国は多いです」
リョウ 「たとえば?」
タクヤ 「2003年でちょっと前のデータですが、ブラジル、チリ、中国、フランス、イスラエル、韓国、オランダ、南アフリカ、タイ、イギリス、アメリカと、ほかに40カ国で許可されていて、実用化されている品目も少なくないです。あと、前回言ったように、包装資材とか、医療器具なども、放射線照射で滅菌されているものがあります。プラスチック製品だと加熱処理はしにくいですし、化学処理だと残留が深刻な問題につながりかねませんしね」
日本ではジャガイモの芽止めで許可
リョウ 「日本はどうなんだ?」
タクヤ 「ジャガイモの芽止めでの使用だけ許可されています」
リョウ 「芽止めって?」
タクヤ 「発芽防止です。隊長、ジャガイモって、買ってきて置いておくと芽が出ちゃうじゃないですか。あれを止めるんです。芽が出てしまうと、食品としても種芋としても価値が落ちてしまうので」
リョウ 「でも5℃とかで低温貯蔵すれば芽は出ないんじゃないか?」
タクヤ 「そのために電気代が莫大にかかりますし、低温貯蔵すると糖度が増します」
リョウ 「甘くなるのはウェルカムだ」
タクヤ 「ところが甘すぎるとよくない料理はありますし、フライやポテトチップスにするとシュガーエンドって言って、焦げが出来ちゃうんですよ。除けて食べればいいんでしょうけど、焦げのクレームも多いんです。それに、低温貯蔵庫から出して出荷した後で芽を出すことはありますし。それがクレームともなり、返品ともなり、農家は大損害と」
リョウ 「なるほどな。外国で実用化されているものにはどんな食い物があるんだ?」
タクヤ 「ジャガイモのほかに、スパイス、豆類、ニンニク、タマネギ、乾燥野菜、コメ、エビ、肉類などですね」
リョウ 「肉も!」
タクヤ 「アメリカで実用化されてますね。牛挽肉とチキンで多いようです。どちらもサルモネラなどの微生物汚染がしばしば問題になりやすいものですからでしょう。ヨーロッパでもチキンと、あとカエル足なんてのがあります」
リョウ 「カエルの足!?」
タクヤ 「食中毒の報告書や統計で、ヨーロッパの資料にはよく出て来ますね、カエルの足って。よく食べるんでしょうね」
リョウ 「へぇ。しかしそんな風なら、日本で生レバー食えるようになるかもしれんな」
タクヤ 「ネタが原子力の利用なので、いろんな反対運動もあるんですけどね。許可だけみれば、ほとんどあらゆる食品が、世界のどこかの国で許可はされているんですが」
リョウ 「うーん。それでもほんとに安全なのかは確かに気になるね。そこ、もうちょっと知りたいね」
タクヤ 「では、そこはまた次回ということで。私はここでカエルと」
リョウ 「せっかく出したピザ、チキンと食っていけよ」
タクヤ 「調理後にスパイスかけた食品は足がはやいということをお忘れなく」