暇そうなリョウは、暇に任せてゲームに興じながら、なぜかクッキーが缶入りで売られていることが気になってきた。そこへやってきたタクヤに疑問をぶつけるが。
高級クッキーはなぜ缶入りなのか?
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「だいぶ涼しくなりました。あれ? 隊長、なに必死になってマウスクリックしてるんですか?」
リョウ 「『Cookie Clicker』だ。知らんのか?」
タクヤ 「はあ、まだそんなことしてたんですか。面白いですか?」
リョウ 「なんかわからんが、やめられなくて困る」
タクヤ 「じゃ、忙しそうなんで帰ります」
リョウ 「いや、今おばあちゃんが20人になったし宇宙船も買えたから、しばらく放っとこう。コーヒーを淹れてやる」
タクヤ 「ありがとうございます」
リョウ 「そうだ。クッキーがあるぞ」
タクヤ 「『Cookie Clicker』のクッキーじゃ食べられません」
リョウ 「お中元にもらったリアルのクッキーだ。ほら」
タクヤ 「わあ、『アルカディア』だ。いただきまーす」
リョウ 「それで思ったんだが、こういうのって、なんで鉄の箱に入ってるんだろうな?」
タクヤ 「缶、と言いましょう」
リョウ 「なんで缶に入ってるんだろうな? 高級っぽっく見えるからかな」
タクヤ 「まあ、それはあるでしょうけど、スタートは実用面からでしょうね。って、これ現代素材探検隊の話としてOKなんでしょうか?」
リョウ 「商品は中身だけが商品じゃない。容れ物も包みも全部ひっくるめて商品なんだから、それに関するものは我が隊の話題として全然OKぢゃ」
タクヤ 「……だそうです。読者のみなさん」
容器包装で流通が変わった
リョウ 「実用面て、どういうことだ」
タクヤ 「まず、クッキーって、壊れやすいですよね。だから、こういう頑丈なものに入れて、内側にクッションになる段ボールみたいな紙とかプチプチとかを敷くわけでしょう」
リョウ 「そりゃそうだ」
タクヤ 「あと、缶は光を通さないですよね。これにシリカゲルとかの吸湿剤を入れて蓋をしてテープを巻いてシールすれば湿気ることも防げますよ」
リョウ 「まあ、そういうことだな」
タクヤ 「で、もともとは欧米の家庭でおばあちゃんとかがちょこちょこ作ってたり、街のお菓子屋さんが毎日焼いては売り切っていたようなものだったのが、日持ちが利くようになって、大きな店が在庫して大量に売ったり、運ぶのに時間がかかる遠くの店でも売れるようになって、お菓子の工業化が始まったわけでしょう」
リョウ 「缶詰、瓶詰めがそうだもんな」
タクヤ 「で、こういう缶というのはそれなりの値段がするわけですから、高級な雰囲気にして、それなりのお値段をいただくようになったと、そういう歴史なんじゃないですか」
リョウ 「モロゾフとか泉屋とか、贈答品だよな、基本。でも、もともとは家庭料理だったってわけか。そういや、せんべいとか柿の種も缶で来ることがあるな。開けてみるとスーパーで売ってるのと大差ないものでがっかりすることも多いけど」
タクヤ 「怒られますよ」
リョウ 「消費者としての正直な感想だ。だいたい、クッキーだってだな、今はデパートじゃなくてスーパーで売ってるやつもうまいぞ。200~300円で買えるやつ」
タクヤ 「そうですね」
リョウ 「そこが不思議なんだが、ああいうのは缶に入ってないぞ。ビニールの類のパッケージが多い。缶じゃなくてもいいわけだ」
タクヤ 「容器包装に革新があったわけですよ。クッキーもそうですけど、ポテトチップスとかのスナック菓子も、袋入りで売ってますよね。ああいうのは、昔は考えられなかったことだったでしょうね」
リョウ 「どういうことだ?」
タクヤ 「クッキーもスナック菓子も、まず湿気ますよね。それからとくにスナック菓子は油脂を含みますから、これが酸化するとまずくなる。あと、光が当たるとやっぱり品質が落ちます。こういうものは、昔は店に長く並べておいたり、時間をかけて遠くに運ぶなんてことは論外だったわけです」
リョウ 「今は冷凍のたこ焼きなんてあるけど、大阪で焼いたたこ焼きを東京とか北海道のデパートに並べるという発想は、まあ、ないわな。やるとすればその場で焼く。クッキーやスナック菓子も、かつてはそういう発想のもとにあったわけだ」
タクヤ 「まあ、そういうことですよね。今でもせんべいは店で焼いてその場で売るスタイルがあるじゃないですか。あんな感じだったでしょう」
リョウ 「ポップコーンと言えば映画館の中で作って売ってたわけだよな」
タクヤ 「それがたとえば缶入りにすると、けっこういけるぞということで、ビジネスが変わったわけです。ただし、欠点がありますよね」
リョウ 「欠点?」
タクヤ 「さっき言ったように缶はそれ自体が高価です。しかも、重量があるので運送にもコストがかかる。あと、空の缶でもかさがありますから、缶自体の在庫にも空間が必要で、つまり商品になる前の容器の在庫にもコストがかかる。だから高価な値付けを実現しなければならず、結果、贈答品として位置づけるしかない」
リョウ 「すると自ずと市場は狭まるわな。贈り物は中元と歳暮で年に2回ぐらい、だもんな。そんなのしない人も多いし。ところが、スーパーで扱うものだと、へタすりゃ毎日でも買ってもらえるぞと。甘いものが好きな人ならみんな買えるぞと」
タクヤ 「隊長、それあべこべなんです。誰でも買えるもの、毎日でも買ってもらえるものを扱うのがスーパーマーケットのコンセプトです」
リョウ 「そか。となると、缶入りのクッキーはちょっと扱えませんなと。まあ、スーパーのレジ外とか、コンビニの壁とかに飾って扱ってはいるけどな」
タクヤ 「あれは、お客さんの利便性に応えるという意味あいが強いでしょうね。で、誰でも買えて毎日でも買えるものにするには、安価で、軽量で、かさばらない容器なり包装なりが必要だったわけです」
蒸着フィルムは宇宙開発から
リョウ 「じゃあ、みんなのために、缶に変わる便利な容器包装を発明しましたよという人がいたと、いうわけか」
タクヤ 「そこ、微妙なんですねー」
リョウ 「そうじゃないの?」
タクヤ 「今、スナック菓子とかのお菓子や、いろんな食品の包材に使われているフィルム、あれって裏を見ると銀紙みたいに光ってますよね」
リョウ 「うん。ピカピカだ。鏡のようにポテトチップスを映して、中身がたくさんに見えるようにああなってるのか」
タクヤ 「違います。あれ、アルミ蒸着フィルムって言うんですが」
リョウ 「蒸着! と言えば『宇宙刑事ギャバン』だ」
タクヤ 「ああ、私そういうの見ないのでわかりませんが、蒸着と言えば宇宙というのは、ある意味正解です」
リョウ 「は?」
タクヤ 「あのフィルムは、宇宙開発から生まれたものなんですよ」
リョウ 「えー、何のために?」
タクヤ 「たとえば人工衛星には本体を光線から守るためにカバーを付けなければいけないって、わかりますよね」
リョウ 「そうなの?」
タクヤ 「ところが、金属の板でカバーすると、重たくなってしまう。するとロケットで飛ばせなかったり、本体の中身の重量に制約が出てきたりして、具合が悪いわけです。カバーはなるべく軽くあってほしいと」
リョウ 「じゃプラスチックのフィルムでどうよと」
タクヤ 「ところが、プラスチックとかビニールって、けっこう光線通しちゃうんですよ。そこで、そういうフィルムにアルミなどを蒸着させることを考えたと」
リョウ 「蒸着って、『ギャバン』用語じゃなかったのか?」
タクヤ 「リアルの科学技術が先、『ギャバン』が後です」
リョウ 「どうやるの?」
タクヤ 「金属を蒸発させて、フィルム表面にくっつけるんです」
リョウ 「え? 金属って、気体になるの?」
タクヤ 「だいたい何だって十分熱を加えれば気体になりますし、もっと熱を加えればプラズマになります」
リョウ 「プラズマって何? テレビ?」
タクヤ 「ややこしくなるので今は忘れといてください。とにかく、金属を気体とか気体みたいなものにして、フィルム表面に霜が降りるように堆積させたものが、蒸着フィルムってことです」
リョウ 「ふーん。フィルム表面に金属が薄ーく付いてる感じか。それを人工衛星用に作ったのか。ああ、そういえばアポロの月着陸船の下のほうって、金箔みたいな腰巻きが付いてたな。人工衛星の写真でもチョコの包み紙みたいのが巻いてあるのがある。あれか?」
タクヤ 「あれです」
リョウ 「そういうものが出来てみたら、あら、こりゃあ食品にもいいねーとなったと」
タクヤ 「スピンオフってやつですね。こういうのが出て来るから、宇宙開発もやっぱり産業だなーってわけです」
リョウ 「なるほどな。で、蒸着フィルムって、そんなにいいものなのか」
タクヤ 「じゃ、そこんところは次回また」
リョウ 「ま、クッキーもって食ってけよ。そう言えば、『アルカディア』って言ったら『キャプテンハーロック』だよな。これも宇宙だ」
タクヤ 「帰ります」