レタス王のレタスと大豆先物

[51]ジョン・スタインベックとアメリカ農業(1)

「Salinas Valley lettuce」の看板を付けた6両編成の貨車にレタスと氷を積み込んでいく

日本とフランスの農家が登場する作品を取り上げた前回に続き、今回と次回の2回にわたり、文豪ジョン・スタインベック原作の映画を通じてアメリカの台所を支えた農業の一面を見ていこうと思う。

小説「エデンの東」第4部から

 今回紹介するのは「エデンの東」(1955)である。

 小説「エデンの東」は、南北戦争から第一次世界大戦までの時代を背景として、旧約聖書の「カインとアベル」のエピソードをモチーフに、父子、夫婦、兄弟の愛憎を描き出し、人間の原罪からの解放というテーマを追求したスタインベックの4部構成の長編である。タイトルは、血を分けた兄弟であるアベルを殺した、農耕を行うカインが追放された地に由来する。

 映画は、「欲望という名の電車」(1952)のエリア・カザンが監督し、24歳の若さで夭折したジェームズ・ディーンが主演した3本(※)のうちの最初の作品である。

※他の2本は「理由なき反抗」(1955)と「ジャイアンツ」(1956)。

 映画は原作の第4部にあたる1917年に絞り、農場主アダム・トラスク(レイモンド・マッセイ)の双子の息子の弟ケイレブ(愛称キャル/ディーン)を軸に、スタインベックの故郷であるカリフォルニア州中部、サンフランシスコから南へ約160㎞の位置にあるサリナスを主な舞台に展開する。

世界のサラダ・ボール

 映画は、キャルがサリナスから20㎞あまり離れた太平洋沿岸の港町モントレーで売春宿を経営する母ケートに会いに行くシーンから始まる。ケートは、敬虔なクリスチャンで人格者の夫アダムとの確執の末に彼を銃で撃ち、生まれたばかりの双子を置き去りにして家を出ていた。

 それ以来、アダムは自分に似て素直な性格のアロン(リチャード・ダヴァロス)ばかりを可愛がり、元妻に似て粗暴な性格のキャルを疎んじていた。

 売春宿の女将然とした母の様子を見たキャルは自分の生まれを呪い、打ちひしがれてサリナスに向かう貨物列車に飛び乗る。

 列車がサリナスに近付くにつれ、線路の両側には真っ直ぐな畦が地平線まで続く広大なレタス畑が現れる。一年を通じて爽やかな気候のサリナス盆地はレタス等の栽培に適しており、「世界のサラダ・ボール」と呼ぶに相応しい一大野菜生産地であることがわかるシーンである。

コールドチェーンの曙

サリナスとサクラメント

 妻に去られて以来無為に人生を過ごしてきたアダムだったが、シベリアの地中から何千年も氷漬けになっていたマンモスの肉が掘り出されたニュースを聞いて、ある計画を思い付く。彼が経営する農場で獲れたレタスを氷で冷やしたまま大陸横断鉄道の貨車に載せ、冬に生鮮野菜が枯渇する東部のニューヨークまで輸送するのだ。アダムは製氷工場を買い取り、レタスを蝋紙に包んで冷蔵庫に入れると3週間鮮度を保つことを確認した彼は、計画を実行に移すことを決意する。いわゆるコールドチェーンのはしりである。

 一方、キャルはヨーロッパで続く第一次世界大戦へのアメリカ参戦で穀物の価格が上がることを見通し、大豆の先物取引であれば設備投資なしで稼げると父に進言するが、アダムは金儲けは二の次で残り少ない人生を社会の進歩のために役立てたいと考えており、この提案を退ける。この後キャルが2階の製氷庫から氷柱を次々に落とすシーンは、父に受け入れられない怒りと悲しみに満ちている。

 レタスの収穫の時期になり、貨車への積み込み作業が始まる。フォークリフトやベルトコンベアのない当時、収穫した結球レタスを馬車に載せて線路まで運び、荷台から下ろしながら選別と箱詰め作業を行うのは重労働である。キャルは省力化のために、太いパイプを半割りしたような石炭落としを荷台と選別台の間に渡し、滑り台のようにレタスを転がし落とすことを思いつく。このアイデアにはアダムも感心し、キャルは劇中初めて父に褒められる。しかし石炭落としが盗品であることがわかると、父は再び彼に厳しい態度で臨むのだった。

いつか誰かが……

「Salinas Valley lettuce」の看板を付けた6両編成の貨車にレタスと氷を積み込んでいく

 かくして氷詰めのレタスを載せたニューヨーク行きの貨物列車がサリナスを出発する。ところが、サクラメントの近くで雪崩にあって汽車が立ち往生してしまい、その間に氷が溶けて、レタスは腐ってしまう。現場を見に行ったトラスク親子は氷が溶けた水が貨物列車から滝のように流れ落ちるのを目にする。「いつか誰かが冷蔵法を成功させるだろう」と言って立ち去る父に、キャルはかける言葉もない。

 キャルは父の損害を取り返そうと、資産家のウィル(アルバート・デッカー)に大豆の先物取引を相談するが、資本金として5000ドル用意するように言われる。そこで彼が頼ったのはケートだった。折りしもアメリカがドイツに宣戦布告、キャルの目論見は当たりし、大金を手にする。そして父の誕生日、彼はレタスで損した分と同じ金額をプレゼントしようとするのだが……。

 エリア・カザン監督は、このシーンでカメラを傾ける等の実験的手法を駆使して、キャルの屈折した心理を表現している。また高潔な父に理解されようと苦しむキャルの姿には、1950年代前半の“赤狩り”で米下院非米活動委員会の追及を受けた末に仲間の名前を売ったとして、右からも左からも非難の的となった彼自身の心情が投影しているとの説もある。

モデルは日本人?

「三つの祖国 満州に嫁いだ日系アメリカ人」(上坂冬子著、中央公論社)では、この映画でレタスのコールドチェーン事業に挑んで失敗したアダム・トラスクのモデルは、広島からの日系移民である田島隆之ではないかとする田島の娘ユキコ・ルシール・デービス(池坊華道教授)の説を紹介している。田島は1905年に渡米、1910年代末にカリフォルニアから東部へのレタスのコールドチェーン事業を成功させ、「カリフォルニアのレタス王」と呼ばれるまでになった。しかし、1931年に財政危機に陥って全財産を失い、1933年にサリナスで服毒自殺している。

 スタインベックが田島を知っていたのか真相は藪の中であるが、「エデンの東」と同じ時代に、カリフォルニアでレタスのコールドチェーン事業を成功させた日本人がいたことは興味深い事実である。

踏み潰し搾られるブドウたちジョン・スタインベックとアメリカ農業(2)
https://www.foodwatch.jp/strategy/screenfoods/34595

作品基本データ

【エデンの東】

「エデンの東」(1955)

原題:East of Eden
製作国:アメリカ
製作年:1955年
公開年月日:1955年10月14日
上映時間:115分
製作会社:ワーナー・ブラザース映画
配給:ワーナー・ブラザース日本支社
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(12.35)

◆スタッフ
監督:エリア・カザン
脚色:ポール・オスボーン
原作:ジョン・スタインベック
撮影:テッド・マッコード
美術:ジェームズ・バセヴィ
音楽:レナード・ローゼンマン
編集:オーウェン・マークス

◆キャスト
ケイレブ(キャル)・トラスク:ジェームズ・ディーン
アブラ:ジュリー・ハリス
アダム・トラスク:レイモンド・マッセイ
アロン・トラスク:リチャード・ダヴァロス
ケート:ジョー・ヴァン・フリート
サム:バール・アイヴス
ウィル:アルバート・デッカー
アン:ロイス・スミス
ジョー:ティモシー・ケイリー

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。