店・料理の決め手は味ではない

ランチはコモディティであるということを書いてきましたが、ランチタイムに提供している商品がコモディティとしてのランチとして消費されていない場合は、実はあります。そのことについて考えてみましょう。

味で店・料理を決める人は一部の人

 前回の後半で、「これを食べないと気がすまない」のように思ってもらえているかどうかということを書きました。このように思って食べている人にとって、その料理はコモディティではありません。なぜなら、その人はその料理を価格以外の理由で“他に代えられないもの”と見ているからです。

 一体、どんな場合に人は「これを食べないと気がすまない」と思うのでしょうか。

 一つ思い付くのは、その理由は味であろうということです。たしかに、ハンバーグとサラダとライスとスープを同じ700円の価格で出している店があって、そのうちどれかの店の味が非常によければ、お客はそこに集中すると考えられます。だから、料理をする人は味に気を遣いますし、多くの消費者もどの店がうまい・うまくないという話をするものです。

 ただ、実際には多くの消費者は自分の味覚で積極的に判断するということをしていません。

 味覚の官能検査というものがあります。たとえば、ある食品メーカーが社員全員に対して行っているものは、それぞれに甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つの味のする水溶液5種類を用意して被験者に味わわせ、どれがどの味かを回答させます。この味を徐々に薄くしていき、10段階同様にテストをします。この50問を全問正解できる人はごく希で、数問の間違いはあるもののある程度味をかみ分ける能力が発達していると判定される人でも1割はいないということです。

 また、食ビジネスの業界では昔から、大半のお客は「うまいものはわからないけれども、まずいものはわかる」と言われています。

 考えてみてください。だからこそ、料理人という職業がプロフェッショナルとして成立するのです。

 つまり、味によって自分が利用すべき店を決められる人というのは、消費者の全員ではないのです。

 しかし、それでも「あの店はうまい」「あの店はまずい」などと人々が言うのはなぜでしょう。それは、多くの人は誰かから聞いた情報を元にしているのです。「うまい」と聞けば、自分で食べてみてまずいと思わなければ「確かにうまい」と判断する。「まずい」と聞けば、元々そこへは行かないことが多いでしょう。もし行ってみた場合でも、「まずい」と聞いたものに対して自信をもって「うまい」と断言できる人は少数派なのです。

 ですから、提供者が味を重視することは重要ではありますが、これだけでは集客や固定客の確保の決め手にはならないのです。

思い出は誰もが抱き得る

 では、「これを食べないと気がすまない」と思わせる他の要因は何か。これはこの連載全体で解明していくメインのテーマとなっていくのですが、まずその手がかりを示しておきたいと思います。

 たとえばです。自分のことを大事にしてくれた上司が、何かの折に食事をおごってくれて、そのとき元気や勇気がわくような話をしてくれたとしたら。ここで頑張ろうと思ったときに、同じ店で同じ料理を食べたいと思うことがありそうです。あるいは、秘かに心を寄せている異性が、ある店のある料理をよく食べていた。それで、同じものを食べてその人のことを想うなどのことも、ありそうです。

 ここはいろいろに想像力を働かせてみてください。“思い出の食事”ということです。思い出は、味覚が発達している人でもそうでない人でも、誰でも等しく抱き得るものです。10割の人が、その人だけの思い出を持ちます。

 思い出、とくによい思い出をよみがえらせるきっかけとなる商品は、繰り返し利用されるのです。思い出のある時計は、いつも身に付けているか、頻繁に引き出しから取り出して眺めるなどするでしょう。お守りのように持っている小物などもあるでしょう。

 さて、料理は、“消え物”と言われるように、利用するたびに消滅します。だから、それをまた作ってくれる店に行って、繰り返し注文することになるのです。

 自店で提供するある料理について、そのように思い出を持った人が多くいれば、多少値段が上がったり下がったりしても、多少味が違っても、お客は繰り返しやって来るでしょう。

 しかし、その思い出が自然発生するのを待っていては、いつになったらその料理が人気メニューになるかはわかりません。だから、店がすべきことは、店の方で積極的にお客の思い出づくりに関与しようとするのです。それは日々の接客によって行うのかもしれませんし、何かのイベントによるのかもしれません。

 どんなことができるか、店のスタッフが集まってこれを考えるのは楽しい作戦会議になるでしょう。その中で、昔から多くの店が取り組んできた有力なアイデアの一つは、誕生日のパーティを自店で行ってもらうように誘うことです。誕生日以外に、結婚記念日や入学や卒業のお祝いなどもいいでしょう。

 これは、そのお客の人生の大切な出来事と店を結び付けることです。

 一方、業態、客単価から言ってパーティを行うような店ではないという場合は、別な方法を考えなければいけないでしょう。でも、たとえば友達とよく行った店ということになれば、お客はその店に行くたびに友達との楽しいおしゃべりとか、何かについて一緒に泣いたとかのことを思い出すでしょう。そのような利用が期待できそうな店であれば、ではどうしたら友達同士で来てもらえるか、そこを考えるとよいということがあるでしょう。

 今回はヒントです。この先、こうしたことの重要性と具体的な方法を考える材料を、さらに掘り下げていきます。

 要は、その人の人生にかかわる店・商品となれば、それはその人にとって特別なものとなり、もはやコモディティとして利用されることはないということです。まずそこを押さえておいてください。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →