はじめに
私は20代から外食産業の取材を始め、来年は四半世紀ということになります。柴田書店に入社して「月刊食堂」編集部に配属されたのが25歳。同誌は主にチェーンレストランの仕事を扱うビジネス誌でしたが、チェーンに限らず全国の繁盛店を足で見つけてくることも私たちの仕事でした。その仕事の中で、取材先と柴田書店の先輩方のおかげで、名店の世界や、外食産業の歩みを知ることができ、また立役者たちに実際に会ったり、横顔を見聞することもできました。
同社を退職してから、私は3年ほどIT関連の雑誌と農業の雑誌編集に身を置きましたが、32歳のときに日経BP社に入社し、「日経レストラン」に配属されました。この雑誌は、創刊当時において「月刊食堂」の駆逐を目標に掲げていましたが、私が配属された頃には完全に非チェーンの単独店(個店)向きのビジネス誌に方向を変えていました。
有り体に言えば、「日経レストラン」は外食産業という市場の大きさからチェーンレストラン向けの雑誌としてスタートしたものの、チェーンレストランという形の会社では、スタッフはおろか店長でも同誌を定期購読してくれる人は希で、本部のトップなり役員クラスでもなければ雑誌から情報を取るという習慣がなく、従って雑誌の販売部数は伸びず、早々に苦戦ということになっていたのでした。ところが、そのタイミングで柴田書店は支持者の多かった「居酒屋」を休刊、さらに「喫茶店経営」も休刊し、独立開業を目指す人や単独店向けの定期刊行物を両方とも手放す格好となったのでした。「日経レストラン」はその空席を占め、ファンを増やしていったという経緯があります。
そのようなわけで、私はチェーンレストランの世界に加えて、1店の単独経営から10店までの支店経営の世界も勉強させてもらうことができました。
その「日経レストラン」では、もう一つ、それまでの私が知らなかった世界にも触れることができました。それは、不振店です。「日経レストラン」には、読者の店を記者がコンサルタントと共に訪ね、店主のインタビューから問題点を洗い出し、コンサルタントが対策を提案するという人気コラムがあったのです。読者アンケートで、このコラムに出てもいいと書いてくる人は、9割方不振店の店主でした。
繁盛店と不振店の違い
そのようなわけで、私は繁盛店の取材と不振店の取材とを同時並行的に行うこととなり、やがて、繁盛に至る道と低迷に至る道の違いに気づいていくことになりました。
多くの繁盛店の店主は、自店のお客に受け取ってもらいたい価値がどのようであるべきか、そこを探求する人たちです。そのためにさまざまな情報に触れ、経営上の判断はすべて、この価値提供に合致するものであるかどうかで決定していました。
それに対して、多くの不振店の店主は、何事も個別の問題として考える人たちでした。「齋藤さん、儲かるには、価格ですかね? 品質ですかね? サービスですか? いや、やっぱり清潔さも大事ですよね? ノボリは立てた方がいいんですか? ポイントカードは効くらしいですね?」といった調子です。いろいろな問題点に気づいていながら、すべてがバラバラで、個々にイエスかノーの回答を得たいようでした。
同行していただいた幾人ものコンサルタント諸氏も、そこが問題だとは気づいていて、個々の問いに対するアドバイスをする一方、「そもそも商売というものは」「飲食店の仕事というものは」と、仕事に対する心構えから教えて帰って来るということがよくありました。
ただ、「日経レストラン」読者には申し訳ないのですが、やはり読まれるのは個別の問題に対するアドバイスの方で、商売なり飲食店の仕事なりの“そもそも”の部分は、なかなか「記事にならない」「見出しが立たない」事柄として、お蔵に入ったままというケースが多かったものです。
繁盛店と、不振店と、両者の動きを見ている中で、やがて私は、繁盛店の店主の考え方が「のれんを作る」「のれんを守る」ものだと考えるようになりました。あの頃の流行語で言えば「ブランド」ということになります。その矢先、日経BP社の社内で、世にあまたあるブランドを評価するプロジェクトを模索しているチームがあると聞き、そこへの配属を願い出ました。当初は、お前はもっとレストランに携わっているべきと考えてくれた編集長の温かい志で異動はかないませんでしたが、1年後に新しい編集長に聞き入れられ、そのプロジェクトを進めていた調査部に配属されました。
このプロジェクト「ブランド・ジャパン」を立ち上げ、出版社の商品として形にしていく上では、ブランド、マーケティング、統計学の著名な研究者のみなさんのお力をいただきました。そして、このプロセスでは、「やはり」とわかったことと、「そうではなかった」とわかったことと、両方があります。
このように「月刊食堂」「日経レストラン」「ブランド・ジャパン」の仕事の中からわかった、繁盛の秘密と、それのエンジンとも言える付加価値の考え方とを、これからご披露していきます。ビジネスのために読むものとしては、非常に変わったものとなっていくことを予想していますが、飲食店・外食産業のみならず、あらゆる業種の方のお役に立つはずのものと信じています。