日本の一般的な豆腐には、木綿豆腐、絹ごし豆腐、充填豆腐等が存在する(第4回参照)。これに対し、中国の豆腐の多様さには目を見張るばかりである。その中でも、なじみのない醗酵豆腐は興味深い。醗酵豆腐の代表格と言える腐乳の範疇に限っても多様であり、注目している。
醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。
中国産豆腐の多様性
中国は豆腐発祥地だけに、種類が豊富である。日本の絹ごし豆腐は嫩豆腐(ネンドウフ)、木綿豆腐は老豆腐(ラオドウフ)という。木綿豆腐よりさらに固い豆腐干(ドウフガン/豆腐乾)というタイプも多い。豆腐干は、香辛料や調味料で味付けしたものや燻製加工したものもある。水分低下や調味加工には、日持ち向上の意味もありそうだ。日本の技術を導入した充填豆腐も製造されている。
豆腐を固める凝固材の違いにより、北豆腐、南豆腐という区別もある。前者は苦汁(塩化マグネシウム主体)、後者は石膏(硫酸カルシウム主体)を用いている。1mm程度のシート状に成形した百頁(パイユ)というタイプも存在する。これを細く切り分ければ、豆腐麺になる。
朝食として人気が高いのが、豆腐脳である。日本の寄せ豆腐(おぼろ豆腐)に近い。加熱した豆乳に凝固剤を加えて半個形状にしたものだ。好みの薬味や調味料をかけて食する。「脳」という呼称には、やや引いてしまう。「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」に出てくるサルの脳の食事シーンを想い出してしまった。
豆腐関連加工品
中国では、家庭で豆乳を自作するのが一般的である。大豆の摩砕と加熱ができる専用の豆乳メーカーが各種販売されている。湯葉は豆腐皮(ドウフピー:豆腐衣、腐竹)といい、これも多彩である。生揚げもさまざまなサイズや形状がある。油揚げもあり、虎皮豆腐(コヒドウフ)という。凍り豆腐は豆乳同様に家庭の自作が多いようだ。凍らせて、乾燥は行わずに水を絞って使用する。
注目したいのは、豆腐をベースにした醗酵食品の存在である。その一つが臭豆腐(チョウドウフ)である。台湾では有名だが、中国本土でも広く作られている。秘伝の漬け汁に老豆腐を数時間から一晩漬け込んだものである。多様な漬け汁があるが、一例を示すとヒユ科のアオゲイトウ、干タケノコ等を刻んで塩水中で1年間醗酵させる。漬け汁の強い臭いが豆腐に移るとともに、タンパク質の部分分解が起こる。これが独特の風味を形成する。
臭豆腐は屋台等で軽食として供されることが多い。スライスしたものを油で揚げ、好みの薬味と調味料をかける。臭気の質や強弱は作り方により大きく異なるが、地元でも敬遠されることがあるという。
腐乳という豆腐醗酵食品
豆腐の醗酵食品で重要なのが、腐乳(フウルウ:乳腐/豆腐乳/南乳)である。6世紀の魏(北魏)の時代に記録があるという伝統食品だ。調味料または珍味として食される。沖縄の豆腐ようの起源ともなっている。
基本的な作り方を紹介しよう。固く作った豆腐に圧力をかけて、70%以下にまで脱水する。通常の木綿豆腐の水分は87%程度である。脱水した豆腐を3cm角程度に切り分け、Mucor属(ケカビ)等のカビ付けを行うとカビ豆腐になる。表面水分を飛ばして、いったん塩漬する。これをもろみに漬け込んで、数カ月から1年熟成させる。ビンに詰めて製品となる。
使用するカビには、Rhizopus属(クモノスカビ)もある。伝統的な方法では、稲わらやイグサを種麹として用いるが、雑菌による失敗もある。工業生産では純粋培養した種麹が使用される。日本の麹菌(Aspergillus)が使用されないことは不思議だが、プロテアーゼ等の酵素が強すぎるのは、好ましくないようだ。また、菌糸が白色で豆腐表面をしっかり被うことが重要だという。
漬け込みのもろみもさまざまである。みそ・しょうゆのもろみ、穀類酒を用いたもの、アルコール、食塩、調味料による合成もろみ等がある。高級品は、紹興酒のもろみを用いるという。また、Monascus属の紅麹菌による米麹を加えたものは紅腐乳(ホンフウルウ:紅麹腐乳/紅方)という。
豆腐のタンパク質が適度に酵素分解され、ペプチドやアミノ酸を生じることが重要である。酵素生産が中程度のカビ(糸状菌)を用い、塩分、アルコール、pH等の作用環境を整えるということだろう。作用環境は風味にも直接影響する。このことで微妙な風味が生まれるのだ。
腐乳で日本食をさらに豊かに
筆者が入手した腐乳はクリーム色を呈する2cm角のサイコロ状である。かなり軟らかいが、揚げ出し豆腐のように外周を被う部分がある。おそらくこれがカビなのだろう。香りは弱く、わずかに豆臭を感じる程度。舌がピリピリするほど塩味を強く感じ、その後にゆっくりうま味が現れる。
中国各地で、腐乳は極めて多様なタイプが造られている。食塩とアルコールで防腐を図ることが基本になる。これに調味料や唐辛子等の香辛料を工夫すれば、バラエティは無限に広がる。定期的にコンテストが行われているという。工業的に製造されているものは安価なようだ。
日本に腐乳文化のごく一部しか伝わっていないことを残念に思う。食文化でも日本と中国は上手に付合っていきたいものである。腐乳は文化交流の要素となりうる食材であり、日本食をさらに豊かにするポテンシャルがあると考えている。