中国豆腐事情と腐乳

腐乳
筆者が購入した腐乳。豆腐干や腐乳等の中国食材は、国内でもネット販売で入手できる。

 日本の一般的な豆腐には、木綿豆腐、絹ごし豆腐、充填豆腐等が存在する(第4回参照)。これに対し、中国の豆腐の多様さには目を見張るばかりである。その中でも、なじみのない醗酵豆腐は興味深い。醗酵豆腐の代表格と言える腐乳の範疇に限っても多様であり、注目している。

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中国産豆腐の多様性

皿に盛った腐乳
腐乳は沖縄の豆腐ようの起源とされている。

 中国は豆腐発祥地だけに、種類が豊富である。日本の絹ごし豆腐は嫩豆腐(ネンドウフ)、木綿豆腐は老豆腐(ラオドウフ)という。木綿豆腐よりさらに固い豆腐干(ドウフガン/豆腐乾)というタイプも多い。豆腐干は、香辛料や調味料で味付けしたものや燻製加工したものもある。水分低下や調味加工には、日持ち向上の意味もありそうだ。日本の技術を導入した充填豆腐も製造されている。

中国の市場の豆腐店
中国・山東省の市場で大きな豆腐を切り売りする豆腐店。左が百頁(写真・編集部)

 豆腐を固める凝固材の違いにより、北豆腐、南豆腐という区別もある。前者は苦汁(塩化マグネシウム主体)、後者は石膏(硫酸カルシウム主体)を用いている。1mm程度のシート状に成形した百頁(パイユ)というタイプも存在する。これを細く切り分ければ、豆腐麺になる。

 朝食として人気が高いのが、豆腐脳である。日本の寄せ豆腐(おぼろ豆腐)に近い。加熱した豆乳に凝固剤を加えて半個形状にしたものだ。好みの薬味や調味料をかけて食する。「脳」という呼称には、やや引いてしまう。「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」に出てくるサルの脳の食事シーンを想い出してしまった。

豆腐関連加工品

青島の屋台の臭豆腐
青島の屋台の臭豆腐。店頭で揚げて甘辛いあんをかけて売っている(写真・編集部)

 中国では、家庭で豆乳を自作するのが一般的である。大豆の摩砕と加熱ができる専用の豆乳メーカーが各種販売されている。湯葉は豆腐皮(ドウフピー:豆腐衣、腐竹)といい、これも多彩である。生揚げもさまざまなサイズや形状がある。油揚げもあり、虎皮豆腐(コヒドウフ)という。凍り豆腐は豆乳同様に家庭の自作が多いようだ。凍らせて、乾燥は行わずに水を絞って使用する。

 注目したいのは、豆腐をベースにした醗酵食品の存在である。その一つが臭豆腐(チョウドウフ)である。台湾では有名だが、中国本土でも広く作られている。秘伝の漬け汁に老豆腐を数時間から一晩漬け込んだものである。多様な漬け汁があるが、一例を示すとヒユ科のアオゲイトウ、干タケノコ等を刻んで塩水中で1年間醗酵させる。漬け汁の強い臭いが豆腐に移るとともに、タンパク質の部分分解が起こる。これが独特の風味を形成する。

 臭豆腐は屋台等で軽食として供されることが多い。スライスしたものを油で揚げ、好みの薬味と調味料をかける。臭気の質や強弱は作り方により大きく異なるが、地元でも敬遠されることがあるという。

腐乳という豆腐醗酵食品

腐乳
筆者が購入した腐乳。豆腐干や腐乳等の中国食材は、国内でもネット販売で入手できる。

 豆腐の醗酵食品で重要なのが、腐乳(フウルウ:乳腐/豆腐乳/南乳)である。6世紀の魏(北魏)の時代に記録があるという伝統食品だ。調味料または珍味として食される。沖縄の豆腐ようの起源ともなっている。

 基本的な作り方を紹介しよう。固く作った豆腐に圧力をかけて、70%以下にまで脱水する。通常の木綿豆腐の水分は87%程度である。脱水した豆腐を3cm角程度に切り分け、Mucor属(ケカビ)等のカビ付けを行うとカビ豆腐になる。表面水分を飛ばして、いったん塩漬する。これをもろみに漬け込んで、数カ月から1年熟成させる。ビンに詰めて製品となる。

 使用するカビには、Rhizopus属(クモノスカビ)もある。伝統的な方法では、稲わらやイグサを種麹として用いるが、雑菌による失敗もある。工業生産では純粋培養した種麹が使用される。日本の麹菌(Aspergillus)が使用されないことは不思議だが、プロテアーゼ等の酵素が強すぎるのは、好ましくないようだ。また、菌糸が白色で豆腐表面をしっかり被うことが重要だという。

 漬け込みのもろみもさまざまである。みそ・しょうゆのもろみ、穀類酒を用いたもの、アルコール、食塩、調味料による合成もろみ等がある。高級品は、紹興酒のもろみを用いるという。また、Monascus属の紅麹菌による米麹を加えたものは紅腐乳(ホンフウルウ:紅麹腐乳/紅方)という。

 豆腐のタンパク質が適度に酵素分解され、ペプチドやアミノ酸を生じることが重要である。酵素生産が中程度のカビ(糸状菌)を用い、塩分、アルコール、pH等の作用環境を整えるということだろう。作用環境は風味にも直接影響する。このことで微妙な風味が生まれるのだ。

腐乳で日本食をさらに豊かに

 筆者が入手した腐乳はクリーム色を呈する2cm角のサイコロ状である。かなり軟らかいが、揚げ出し豆腐のように外周を被う部分がある。おそらくこれがカビなのだろう。香りは弱く、わずかに豆臭を感じる程度。舌がピリピリするほど塩味を強く感じ、その後にゆっくりうま味が現れる。

 中国各地で、腐乳は極めて多様なタイプが造られている。食塩とアルコールで防腐を図ることが基本になる。これに調味料や唐辛子等の香辛料を工夫すれば、バラエティは無限に広がる。定期的にコンテストが行われているという。工業的に製造されているものは安価なようだ。

 日本に腐乳文化のごく一部しか伝わっていないことを残念に思う。食文化でも日本と中国は上手に付合っていきたいものである。腐乳は文化交流の要素となりうる食材であり、日本食をさらに豊かにするポテンシャルがあると考えている。

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About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。