レースは学んでうまくなっていった
天賦の才能で押すというよりも、成長が感じられたところも、ディープインパクトの魅力だ。最初の頃はレースはむしろ下手だった。それが、戦いを続ける中で、彼は一戦一戦賢く学習し、武豊とのコンビもますます磨きがかかって行ったのだ。
何と言っても、いつも大切なスタートダッシュでつまずいた。それは後々までディープインパクトの特徴の一つとなる。ゲートから出るときには危なっかしいことこの上なしで、騎手の武豊が振り落とされそうになることも一度や二度ではなかった。
しかし、そんなスタートをしても最後は二番手以下を圧倒的に引き離して勝った。
この荒削りな勝ち方を、お家芸として洗練していったのだ。すなわち、ほとんどのレースの前半で彼は馬群の後方を走り、終盤に差し掛かる第三コーナーの終わり近くまで最後部の一群の中にいるのだ。それが、最後の直線に入る直前辺りから一気に加速し、見る見るうちに他の馬をごぼう抜きにして行く。ゴールの手前200~100m付近でトップに立ち、そのまま後続の馬群とは相当の差をつけてゴールするというのが、ディープインパクトのスタイルである。
小さな馬が最後部から、しかもいちばん外側を、つまりいちばん長い距離を走って追い上げ、飛ぶように駆けてゴールすると言う離れ技を“型”として、毎回のように見せてくれるようになった。終盤の追い込みも素晴らしいが、最後に鼻差で競り合って勝つのではなく、まさに圧倒的な差をつけてゴールするところがディープインパクト式である。まさに、日本人の好きな“小が大をなぎ倒す”小気味よい勝ち方を見せてくれ続けたのである。
本格的に評価が高まりだした頃には、彼は完全にこの“勝ち方のスタイル”を覚えていた。スタートも格段にうまくなったし、危なげない走りも見せるようになった。
それは、劇中後半まで弱者を演じ続け、ところが最後の最後にお定まりの印籠を見せつけて相手全員を平伏させる「水戸黄門」を見ているような、日本人好みの爽快感と、必ずその場面に至るであろうという安心感を生み出した。“偉大なる定番”である。
そして、シンボリルドルフ以来21年ぶりの「無敗のままで三冠馬」となった。このとき、武豊をして「パーフェクトな勝利」「走ると言うより飛んでいる」と言わしめた。これをきっかけに、その後はTV中継のアナウンサーも「飛んだ!飛んだ!」と絶叫するようになった。
騎手に、アナウンサーに、観衆に、「飛ぶほどのディープな印象」を与えるようになったのである。連戦連勝の事実と、騎手が発した言葉とによって、人々のイメージの世界でも、ディープインパクトの勝ちのパターンが共有されるようになったのだ。
なお、後述するが、ディープインパクトが得意としたこの“大外回り”には、彼の弱点をカバーするための理由が隠されていたのである。
才能を認め力を引き出した黒子たちの絆
厩舎でのトレーニング、調教も大変だったようだが、調教師からも、厩務員からも、騎手からも「賢い」「覚えが早い」「しかし感情的にはなかなか御しがたい側面を持っている馬」として丁寧に調教された。
関係者は皆“彼を中心に”“お互いが阿吽の呼吸で”“彼の素晴らしい才能を開花させるべく”努力していた。そうした“勝つために準備する”“型のある勝ちスタイル”の行動が、次第に“定番化”されていくのであった。
ディープインパクトが無敗の三冠王になって以後、競馬中継にはさほど関心を示していないNHKも彼の強さの秘密に付き、中央競馬会の協力でディープインパクトの科学的な分析・解析を行って放送した。その結果によると、彼は小柄ながらも「抜群の心肺機能」を持っており、競争後もすぐに平常時の呼吸の状態に戻るということだ。また、その走り方の特性として、4足の蹄全体をしっかりと着地させ、そのことで生み出される強い反発力が前進力生み出すような走り方をしていることも解明された。このため、彼の場合、競走馬にありがちな“得意とする距離”といった制約がなく「短距離でも長距離でもこなす万能型の馬」でもあるという。