「南極料理人」の食べ物

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日本の南極基地。See also Antarctic bases of Japan
日本の南極基地。See also Antarctic bases of Japan
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日本の南極基地 Antarctic bases of Japan See also Wikimedia commons.

日ごと寒さのつのる時期に恐縮ですが、今回は南極を舞台にした作品に登場する食べ物についてのお話です。

氷点下57度の食卓

「南極料理人」(2009)は、南極観測隊の調理担当として働いた体験を元にした西村淳のエッセー「面白南極料理人」を新鋭、沖田修一の脚本・監督で映画化した作品である。ロケは実際の南極ではなく、西村の出身地でもある冬の北海道網走市で撮影された。

 海上保安庁の巡視船で厨房担当として勤務する西村(堺雅人)は、交通事故に遭った同僚の鈴木(宇梶剛士)の代役として急遽南極に派遣されることになる。配属されたのは、昭和基地から1000㎞離れた標高3800mにあるドームふじ基地(図参照)。そこで1年間の越冬生活を共にする合計8名の隊員の食事を用意するのが彼の任務である。

 内陸の高地のため、赴任地の平均気温は-57℃(最低気温は-80℃!)、隊員以外の生物はペンギンやアザラシはおろかウイルスすら生息できないため風邪をひくこともないという極寒の地で、オーロラの観測や地底3000mから掘り出した氷柱の分析にいそしむ彼らには食べることくらいしか楽しみがない。そのため西村は貯蔵された食料の中から日々工夫を凝らしてメニューを作り、せめて食事くらいは楽しんでもらおうと奮闘する。

 いくつか例を挙げると、屋外作業では炊きたてご飯のおにぎりとほっかほかのとん汁、雪氷学者の本さん(生瀬勝久)の誕生日には直火で丸焼きにした松坂牛の分厚いローストビーフ、極夜(日中も太陽が昇らない時期、逆に夜も太陽が沈まないのが白夜)の晩はエビチリやマーボーなすなどの中華のフルコース、そして南極の冬至(日本の夏至)を祝うミッドウインター祭りでは正装した隊員たちの前のテーブルにワインやフォアグラなどのフレンチのフルコースが並ぶといった具合である。

 本作にはフードスタイリストに「かもめ食堂」(第22回参照)の飯島奈美がついていることもあり、どの料理も見ていて食欲をそそるのだが、とくに印象的だったのがエビフライとラーメンである。

伊勢海老のエビフライ

伊勢海老のエビフライ
伊勢海老のエビフライ

 南極で生命をつなぐために最も重要なのが水である。周囲一面雪と氷の世界では原料は無限にあるが、隊員たちは日々水を作るために雪原から氷を切り出して運搬する重労働を強いられる。ある日彼らがその作業をしていると、通信担当の盆(黒田大輔)が、前の越冬隊が伊勢海老を残して行ったという昭和基地からの情報を皆に伝える。西村はここが腕のふるいどころと内心思うのだが、皆揃って「伊勢海老といえばエビフライだろう」と意外なリクエストを口にする。しまいには作業中にまで「エビフライ、エビフライ」のかけ声が入り「西村くん、俺たち、もう心はすっかりエビフライだからね」と言われては作らないわけにはいかなかった。

 そして晩餐に出てきた頭の殻付きで一尾だけのエビフライ。見つめる皆の表情には、「頭の味噌をタルタルソースに生かしてみました」と言う西村のフォローも空しく「やっぱり刺身にしておけばよかった」という後悔の念が表れている。遠く離れた故郷での“ハレの食べ物=エビフライ”の記憶が判断を誤らせたことを面白おかしく描いたシーンである。

ベーキングパウダーとラーメン

 8月、越冬生活が長くなると隊員たちのストレスも蓄積してさまざまな問題が発生してくる。それに追い打ちをかけるように貯蔵した食料の中から“ラーメンが底をつく”という事態が発生する。西村によると、夜になると厨房に忍び込んでラーメンを盗み食いする人が続出したためだという。

 麺を打とうにもラーメン作りには欠かせないかん水がない。そして帰国まではまだ半年もある。

 それを聞いた盗み食いの張本人でもある気象担当のタイチョー(きたろう)はいまにもショックで倒れそうだ。朝からカニが出る豪華な朝食も慰めにはならない。夜中に西村の部屋を訪ねてきて「西村くん、僕の体はね、ラーメンでできているんだよ」と目に涙を浮かべながら切々と訴えるタイチョーの表情に次第に寄っていく名カメラマン芦澤明子のカメラワークは、“愛の告白のシーン”などでよく使われる手法で思わず笑ってしまう。

 本さんからベーキングパウダーを水に溶かせばかん水の成分である炭酸ナトリウム水溶液が得られることを聞いた西村は手打ちのラーメン作りに挑戦する。そして試食の日。恐る恐る箸をつけたタイチョーはいかにもうれしそうな表情を浮かべながら「西村くん、ラーメンだ!」と呟く。その思いは他の隊員たちも同様で、外から帰ってきた兄やん(高良健吾)がすごいオーロラが出ているから観測しなくてはと促しても「放っとけ、そんなもん」と皆黙々とラーメンをすするのであった。

 筆者も映画の撮影スタッフをやっていたころ、長期海外ロケの先遣隊が早々とインスタントラーメンを食べ尽くし、彼らのSOSを受けて手荷物で箱ごと空輸させられた経験があるのだが、ラーメンが日本人の心を動かす食べ物としていかに根付いているかを改めて認識させられるエピソードである。

作品基本データ

【南極料理人】

「南極料理人」(2009)

◆作品基本データ
ジャンル:ドラマ
製作国:日本
製作年:2009
公開年月日:2009年8月22日
上映時間:125分
製作会社:「南極料理人」製作委員会(東京テアトル、バンダイ ビジュアル、パレード、朝日新聞社、アナハイムエンタテインメント)
配給:東京テアトル
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
サイズ:35mm
メディアタイプ:フィルム

◆スタッフ
監督・脚本:沖田修一
原作:西村淳(「面白南極料理人」(新潮文庫、春風社刊)、「面白南極料理人 笑う食卓」(新潮文庫刊))
製作:太田和宏、川城和実、春藤忠温、町田智子、近藤良英
プロデューサー:西ヶ谷寿一
撮影:芦澤明子
美術:安宅紀史
音楽:阿部義晴
主題曲/主題歌:ユニコーン(「サラウンド」)
録音:永口靖
音響効果:佐藤祥子
照明:豊見山明長
編集:佐藤崇
衣装デザイン:小林身和子
ヘアメイク:根本佳枝
VE:鏡原圭吾
アソシエイト・プロデューサー:河野聡
ライン・プロデューサー:金森保
アシスタント・プロデューサー:西宮由貴
製作担当:刈屋真
助監督:海野敦
スクリプター/記録:田口良子
SFX/VFXスーパーバイザー:小田一生
フードスタイリスト:飯島奈美、槫谷孝子
装飾:寺尾淳

◆キャスト
西村淳/調理担当:堺雅人
本さん/雪氷学者:生瀬勝久
タイチョー/気象学者:きたろう
ドクター:豊原功補
兄やん/雪氷サポート:高良健吾
主任/車両担当:古舘寛治
盆/通信担当:黒田大輔
平さん/大気学者:小浜正寛
西村の妻・みゆき:西田尚美
西村の娘・友花:小野花梨
KDD清水さん:小出早織
鈴木:宇梶剛士
船長:嶋田久作

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。