ただでさえ競合が激しい業界というのは、新規参入がしやすい業界である。そうした業界に、今異業種の強い企業も陸続と参入してきている。その中で価格競争に埋没することを否定し、ブランド戦略で立ち向かう企業には独り勝ちの可能性がある。
変転の激しい市場環境でこそブランドが重要
今日、いろいろな業種において、思いもよらないところから新規参入者が現れる。本業重視、選択と集中を進めてきた従来ならば見向きもしなかったような分野で、副次的に開発された技術を活用して、たいして大きくは見込めない市場にも新製品を投入し、全く異なる市場分野に参入するといった例がしばしば見られる。そんな場合にも成功の確率が高いのは、本業で築いたブランドに対する消費者の信頼を勝ち取っている企業である。
旧来の競合ばかり気にしていた企業は、当然不意を突かれ、より多くの対策の成否が問われていくことになる。そんな乱戦模様がすでに日常茶飯事となっている。
そのように変転の激しい市場環境でこそ、消費者の脳内に築かれるブランドが重要になるのである。ブランドがもたらすものは、単に超過収益力が増すことに留まらない。ブランドは、信頼できる商品・サービスを消費者が選択する手がかりでもある。こうした御利益により、ブランドを構築することは、無形の“資産”を形成することであると言えるのである。
この“資産”は定量的には把握できないが、たとえばM&Aの場面で、ある意味顕在化する。企業の買収において評価されるポイントは、B/S(貸借対照表)の貸し方と借り方の内訳と、その質である。つまり、有形的資産の価値が評価されるのはもちろん、ブランドに対する市場の評価、ブランドが持つ既に持つ顧客の数およびデータ、見込客の規模、それらが将来もたらし得る売上高と利益高が吟味されるのである。
価格競争の消耗戦の中で独り勝ちするブランド戦略
小売業と外食業のチェーンは、既存の競合のせめぎ合いが厳しい上に、他の業界にもまして異業種からの参入も多い。では、ブランドによる防衛に成功しているチェーンがあるかと言えば、そうは言いにくい。むしろ残念なことには、前回述べたように、てっとり早く消費者に訴え得る価格競争に重点を置いた商品開発やビジネスモデルの開発により力が注がれている。このあり方では、“ブランド資産”の形成は成り難く、価格で客を奪って来ては、逆に価格で奪い返されるという不毛の戦いに終始することになる。この結果、当事者は疲弊するし、結果的に市場もデフレ化し、ブランドによる超過利益など考える余地はなくなる。
ただ、既存プレイヤーがこぞってこのような消耗戦を展開している状況は、ブランドによる独自の路線を採ろうとする企業・チェーンには好機とも言える。なぜなら、技術が進歩・変化し、競争のあり方が変わり、互いの競争相手も変わり、業種・業態の垣根がなくなり、熾烈な戦いが繰り広げられている状況は、プレイヤーの均質化、個性喪失の状態と見ることができる。ここで確固として不変・一貫した価値観を訴え、一部の消費者からでも共感を勝ち取ることができれば、そこを突破口として下克上を起こすことは、個性揃いの群雄割拠の場合に比べればたやすいと考えられるからだ。
幸いにも、大半の人はそれをまさかと考えるだろう。しかし、隗より始めよでまず着手し、価格競争的価値観を遠ざけて超然と進め、小さなものからブランドを着々と構築し、維持し、拡大させる戦略を取れたところだけが、最後に生き残るだろう。
脱レスポンス広告・脱CRMのコミュニケーション
この新しい市場で、ブランド・オリエンテッドな展開を貫くには、もちろんマーケティングの手法も新しく考え直さなければならない。
従来、マーケティングと言えば主役は新聞・テレビ・ラジオ・雑誌の4大メディアへの広告出稿とほとんど同義だった。小売業や外食業では、これに加えて折り込みやポスティングなどのチラシや街頭で配るフライヤーなども活用してきただろう。
4大メディアを用いた広告は、かつては商品・サービスのイメージを伝えるもの(ブランド広告)が主流だったが、今日ではむしろ商品・サービスの機能・性能・価格を簡潔に印象深く伝え、その場で注文を促すような広告(レスポンス広告)が増えている。チラシであれば、そもそもほとんどが直接的に来店を促すレスポンス的なものであったはずだ。
近年4大メディアにインターネットを加えて5大メディアと称されるようになっているが、このインターネット広告のほとんども、既存メディア以上にレスポンス広告の性格が強い(そもそも広告料の設定自体がレスポンスに対する対価と考えられているものが一般的)。
しかし、ブランドを構築するための広告はレスポンス的ではなく、かつてのブランド広告のようにイメージや世界観を伝えるものであるべきだが、ここでそもそもマーケティングは広告であるべきかということ自体も考え直しておく必要がある。
というのは、インターネットの活用は、むしろ他人のメディアに画像等を表示させてクリックさせる以外に道があるのである。たとえばそれは自社が独自に集めた顧客情報を使ってのコミュニケーションやデータの蓄積でもあるが、これについては回を改めて詳述することとする。ただ、念のため指摘しておくが、それは一般にCRM(Customer Relationship Management)と呼ばれることが多いが、筆者はほとんどのCRMは間違った前提に基づいて、間違った運用がされていると考えている。
さて、以上ざっと見ただけでも日本と世界の変化は規模が大きく質も従来とは異なる。これが世界的な“地盤沈下”を招来していることは事実である。だが、そんな過酷な状況下でも、フランス、イタリア、スイスなどのプレミアム・ブランドは健在であるし、メルセデスもBMWもアウディも健在だ。また、コカ・コーラもマクドナルドも衰退とは聞かない。
それら強いブランドの強さは、自社のビジネスがいかに異なる客単価で異なる顧客層をターゲットとしたものと考えていようとも、「わが社のビジネスとは違う」と線を引いて目をつぶることはもったいない話である。強いブランドは繰り返し観察し、検証し、そこから学ぶべきである。