商業とは単にモノとカネをやりとりするだけの即物的な行為ではない。そこには必ず、人間と人間の関係が生まれ、広がり、多様化する。本来、それに関する洞察は商業をより発展させるもののはずだが、従来のチェーン理論を含めた商業の研究では重視されてこなかった。これらについての研究が、今後のチェーンビジネスに新しい力を与えるはずだ。
絆とコミュニティが商業活性化の源泉
渥美式チェーンストア理論でもう一つ気になることは、商業によって形成されるはずのコミュニティについて考慮されている形跡があまり見られないことです。
商業とは、単に商品やサービスと金銭を交換するだけのものではありません。その行為を行う主体が人間である以上は、そこには必ず人間同士の関係というものが生まれます。そして1対1の関係を基礎として、関係が強く深くなれば“絆”というものになり、広がって多くの関係が含まれる場となれば、コミュニティというものになります。
絆、コミュニティは、しばしば情緒的な言葉として使われますが、詩人だけでなく経営者たちもこれらには注意を払うべきです。なぜなら、当然のことながら、こうした人間同士の関係が良好であれば商業も円滑で実りの多いものになり、劣悪であれば不活発でモノとカネが入れ替わることで行為者の甲と乙が享受する新しい価値も薄いものになってしまうからです。
堅い絆づくりと健康なコミュニティの醸成は、商業を行う上でも重要な課題なのです。
ところが、こうした人間関係についての研究は、物理・化学・電気などの自然科学や金融工学とくらべると理論化が難しいためか、論理的に考えようとする人たちからは避けられる傾向があります。ただしニーズはあるので、これらについて話したり本を書いたりする人はいるわけですが、経験などのファクトが希薄だったり感覚的にすぎるものが多く、昨今はなかなか良書に巡り合いません。
渥美氏のように、多くの経営者を観察し、筋道を立てて考えてこられた人が、この方面についてはあまり著作を残されていないことはたいへん残念なことに思います。
ショッピングセンターによってコミュニティがどう変わるか
さて、1970年代から日本各地に大型のショッピングセンターが登場し出すと、しばしば地元の商店街などで反対運動なども起きました。
マスコミはこうした動きを、顧客の争奪戦や、大資本対小資本といった図式の中で説明する傾向があるのですが、地域に長い歴史の中で形成された絆やコミュニティに対する影響という視点は少なく、あったとしても情緒的なものが多かったものです。
しかし、コンサルタントもマスコミも、もちろん双方の経営者たちも、これについて詳しい評価を行うべきだと考えています。
この場合の絆とコミュニティは、店と顧客という関係だけではありません。店と従業員、店と店、ある店の顧客同士、仕入先との関係など、実に多様なものを含んだ、分厚く複雑なものです。
考慮すべき動きも多様です。もともとその地域ではどのようなコミュニティがあったのか。それについて商業が演じてきた役割はどのようであったのか。持ち込まれるショッピングセンターは、それを育むのか殺すのか、あるいは新しく生み出す絆やコミュニティがあると考えられるか、それはどのようであるか。さらに、スクラップアンドビルドをよい習慣として許容するチェーンストア業界にあって、いったん出来たショッピングセンターが閉鎖された場合に、地域のコミュニティはどうなるのか。
これらに気付かなかったり、無視したりしたまま、単に金勘定だけで商業を考え、商圏の奪い合いとだけ見るようであれば、ショッピングセンターを持ち込む側も、それに反対する側も、寒くさびしい仕事になってしまうでしょう。
コミュニティ無視は価格競争に陥る原因の一つ
しかし残念ながら、事実多くの地域で、ショッピングセンター進出問題はそのように扱われたのではないでしょうか。
そして、今さらに、絆とコミュニティに対する考慮が欠落しているために、多くのチェーンストアが値引き合戦こそが主戦場のように考えるようになっているのではないでしょうか。
ITや社会科学の発達で、また多くの商業経営者が自己やスタッフの経験を活発に語る土壌が出来た今日、絆とコミュニティについての研究はかつてよりやりやすくなっているはずです。
チェーン・ビジネスは、こうした新しい知恵を積極的に取り入れ、また発展に貢献していくべきでしょう。