日本の外食チェーンの多くが高度にビジュアル・アイデンティティ(VI)の管理を行っていながら、ブランドとしての御利益にあずかることができていないのは、顧客の消費体験に結び付いていないためだ。
ブランドが個人の体験と結び付いていない
実際、これほど整った形式をもって運営されている外食産業で、各々の業態ごとのチェーン名は浸透しているとしても、これらがいわゆるブランドとして評価されることは少ない。敢えて厳しい言い方をすれば、「仏作って魂入れず」、形は整っているが、本来のブランドにはなり切れていないケースが多い。
ブランドは、ネーミングやビジュアルの管理が優れていれば実現するというものではない。ブランドに関する詳細論はここでは避けるが、そこがブランドの奥深さであり、難しさでもある。
外食産業の多くのブランドは、どぎつく印象に残る“統一された形式”はあっても、“血の通った”印象に欠けるものが多く、心の温かみ、メンタルなファクターによる価値と結び付いているものは少ない。
なぜなら、ブランドにまつわるライフスタイルの背景や消費者個々人にとっての物語、心理的な価値が形成されていないことが多いからだ。これは、ほとんどの外食チェーンが価格志向であること、中央集権的で店舗からのボトムアップを排除する傾向があることと、大きなかかわりがある。
道頓堀のカーネル・サンダース
ブランド、それを形作る物語がどのようにできるものか、例として外食チェーンでの“例外”を取り上げておく。
「ケンタッキーフライドチキン」(KFC)のカーネル・サンダース像は、本場米国の店舗にはほとんど存在しないが、日本では店頭にあるのが標準であり、KFCのシンボルになっている。
この内、KFC道頓堀店(大阪)のカーネル・サンダース像には、阪神タイガースファンであれば知らぬ者はないという伝説がある。1985年10月16日、21年ぶりにリーグ優勝した阪神タイガースのファンが熱狂する余り、興奮して道頓堀川に投げ込んだという事件が起こった。ちなみに像は長らく発見されなかったが、2009年3月10日、大阪市建設局の水辺整理事業のための調査の過程で川の中から発見された。ただし、この像があったKFC道頓堀店は1998年に閉店していた。
阪神タイガースはこの後18年間リーグ優勝とは縁がなかったため、これは「カーネル・サンダースの呪いである」との説がまことしやかに語られ出し、その話は今も語り継がれている。
2003年に阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝した際には、KFCの日本法人がカーネル・サンダース像のデフォルメ・キャラクターを阪神球団とのコラボレーション・グッズとして作り、近畿圏を中心にKFC店や甲子園球場で販売した。その後2008年に阪神球団の本拠地である甲子園球場の改築に伴い、新甲子園球場内にKFCの店舗が開設されている。この店のカーネル・サンダース像には阪神球団のタオルと阪神球団を応援する際に使用するメガホンが首に掛けられている。
このようなストーリーが広がりを見せる外食産業のブランドは少ない。外食チェーンの、一般生活者の人生へのかかわりが浅いこと、本部で立案した以外の話題を排除する傾向があること、そういった原因が考えられる。