ありつけない餃子とかき氷と

352 「ファーストキス 1ST KISS」から

映画「ファーストキス 1ST KISS」の食べ物を取り上げる。

 本作は、「花束みたいな恋をした」(2021、本連載第259回参照)、第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した「怪物」(2023、是枝裕和監督)の坂元裕二が脚本、「ラストマイル」(2024)、「グランメゾン★パリ」(2024、本連載第348回参照)の塚原あゆ子が監督を務めた。「告白」(2010、本連載第13回参照)、「土を喰らう十二カ月」(2023、本連載第294回参照)の松たか子が主人公のすずりカンナ、「夜明けのすべて」(2024)の松村北斗がカンナの夫、かけるを演じている。

 夫を事故で亡くした妻が15年前にタイムトラベルして過去を改変し、夫が死んだ事実を変えようとする。現実ではありえない、映画ではありがちなプロットであるが、坂元脚本の絶妙な味付けと塚原の演出力、夫婦役ふたりの演技力によってユニークなラブストーリーに仕上がっている。アシストしているのは、劇中の折々に登場する食べ物たちである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

きっかけは3年待ちの餃子

 駈が、駅のホームから転落したベビーカーの赤ん坊を救おうとして事故死してから5カ月あまりが過ぎた2024年12月24日。カンナ宛にクール便の荷物が代引きで届く。荷物は「餃子屋 はまだ」の3年待ちお取り寄せ餃子。カンナは舞台美術の仕事から帰った後に調理にかかるが、タブレットで料理サイトを見たりしている間に餃子を焦がしてしまい、ひどく落胆し後悔する。するとスマホが鳴り、カンナは仕事場に戻ることに。ジープ・ラングラーを駆り、餃子を焼く前に戻りたいと念じながら仕事場へと向かうが、首都高のトンネルを通過中に内壁が崩落。なぜかその拍子に時空に歪みが生じ、カンナは駈と初めて出会った15年前、2009年8月1日の高原ホテルに向かう山間の道路にタイムリープする。

 この最初のタイムリープ以後、首都高のトンネルが復旧するまでの12月30日まで、カンナは現在と過去を自由に行き来し、過去改変の試みを繰り返す。あまたのタイムトラベルものにおいては、タイムトラベルの実現にはタイムマシンなどの大がかりな装置、または何らかのきっかけを必要とすることが多く、本作では餃子と首都高の事故がきっかけとなっている。3年待ちの餃子への諦めきれぬ思いが、夫の死を受け入れられない思いと重なったとも解釈できる。

 脚本の坂元は、「最高の離婚」(2013)、「カルテット」(2017)、「大豆田とわ子と三人の元夫」(2021)、「初恋の悪魔」(2022)などのTVドラマでも餃子を登場させており、「カルテット」の2話では、松たか子演じる巻真紀に「昼から食べる餃子とビールは人類の到達点です」と言わせている。

 ちなみに、本作のラストでは再びカンナに餃子が届くのだが、ある細部が異なっていることにも注目してほしい。

ミルフィーユの中二病理論

 現実にはありえないタイムトラベルにリアリティを与えるため、フィクションの世界では正しそうな理論を持ち出して説明することが多い。本作では、カンナの仕事仲間である世木杏里(森七菜)が、事故で時空が歪むことがあるのかというカンナの問いにこう答えている。

「時間って流れて消えていくわけではありません。過去も未来もミルフィーユのようにあって、赤ちゃんのわたし、おばあちゃんのわたしは同時に存在するんです」

 この杏里が中二のときに書いた小説の話と似たようなことを、古生物学者を目指していた15年前の駈がカンナに話す。宙吊りになったロープウェイが往復する空を背景に、過去と未来は同時に存在するから、運命の赤い糸で結ばれた人とはすでに出会っているという駈の話に、カンナは中学二年生の書く小説みたいと言いながら、複雑な思いを抱くことが伝わるシーンになっている。

柿ピーとトウモロコシ

 本作ではカンナの回想として、駈と出会ってからの15年が描かれる。駈はこたつに置かれた柿ピーを前に、カンナは柿ピーの柿の種が好きで、僕はピーナッツが好きだから、好みの違う僕たちは生存法則上一緒にいる必然性があるとプロポーズする。新婚生活では駈が皮を剥いたトウモロコシを茹でながら、トウモロコシの起源は不明で、宇宙から来た植物と言われているという蘊蓄うんちくを披露したりと、ラブラブな様子が描かれる。

 しかし、その後の夫婦仲は円満とは言えなかった。経済上の理由から古生物学の道を諦めて不動産会社に就職した駈と、舞台美術デザイナーになる夢を実現させたカンナの心がすれ違っていく展開は「花束みたいな恋をした」と似ている。駈が事故死する前には寝室は別、朝食はカンナがトーストとコーヒー、駈はしらすご飯と味噌汁を別々で食べる生活となっていた。テーブルに置かれた柿ピーのピーナッツだけがなくなって柿だけになっているカットは、ふたりの断絶を表している。この夫婦生活が、カンナのタイムトラベルによってどう変わるかが、本作の見どころと言える。

 トウモロコシについては、カンナがタイムトラベルの前に料理サイトで見た、トウモロコシは皮ごと茹でた方がおいしいという知識を15年前の駈に伝えたところ、ふたりで行ったキャンプでトウモロコシを茹でている写真が、皮付きのトウモロコシに変わっているという現象が起こる。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985、本連載第143・144回参照)でも発生した写真の変化を見たカンナが、過去改変によって駈の命を救おうと思い付く重要なシーンになっている。

「かき氷が好きだ!」の意味

タイムスリップしたカンナが着用する「かき氷が好きだ!」Tシャツの絵柄。
タイムスリップしたカンナが着用する「かき氷が好きだ!」Tシャツの絵柄。

 2024年の冬から2009年の夏にタイムリープしたカンナ。当然ながら厚着過ぎるので高原ホテルの売店で夏服を探すが、所持金が1000円しかなく、いちばん安いプリントTシャツを買うことに。そのTシャツは、表一面にさまざまな色のシロップがかかった9個のかき氷が並び、下に「かき氷が好きだ!」と大書されたもの。カンナのそんなTシャツを見た駈が誘って、二人は近くにある有名なかき氷屋の行列に並ぶことに。以後、カンナは過去改変に失敗するたびに何度も駈とかき氷屋の行列に並ぶのだが、店に入るまでに売り切れになったり、列を外れたりしてなかなかかき氷を食べることができない。

 Tシャツに描かれたさまざまな色のかき氷は、カンナが繰り返す過去改変の試みと、溶けてなくなってしまうはかなさを表しているようにとれる。

 最後にやっとふたりは入店が叶うのだが、そこで起きたある出来事によって、黒蜜抹茶宇治金時といちごミルクのかき氷は無駄になってしまい……。

 これ以上はネタバレが過ぎるのでこの辺で留めておくが、まだまだキーとなる食べ物や店は登場する。以下は実際にご覧になってお確かめいただきたい。

  • 桃山銀座商店街たかまつ精肉店のコロッケと、ドーナツ工房のチョコクランチドーナツ
  • パン屋
  • ミカンの缶詰

時を超える俳優たち

 最後に、食べ物とは関係ない話題を少し。

 カンナを演じた松たか子は、駈を演じた松村北斗より18歳年上。松は「土を喰らう十二カ月」で恋人役を演じた沢田研二の29歳年下であり、年の差共演が最近は多くなっている。

 本作で特筆すべきは15年前のカンナの若返らせ方と、2024年の駈の老けさせ方。これには特殊メイクやVFXが多大な貢献をしていると思われる。


花束みたいな恋をした
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本連載第259回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0259
怪物
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ラストマイル
https://last-mile-movie.jp/
グランメゾン★パリ
https://grandmaison-project.jp/movie/
本連載第348回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0348
告白
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本連載第13回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0013
土を喰らう十二ヵ月
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本連載第294回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0294
夜明けのすべて
https://yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp/
餃子屋 はまだ
https://gyozaya-hamada.shop/
最高の離婚
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カルテット
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大豆田とわ子と三人の元夫
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初恋の悪魔
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バック・トゥ・ザ・フューチャー
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本連載第143回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0143
本連載第144回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0144

【ファーストキス 1ST KISS】

公式サイト
https://1stkiss-movie.toho.co.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2025年
公開年月日:2025年2月7日
上映時間:124分
製作会社:東宝(共同製作:AOI Pro.=ジェイアール東日本企画=ローソン=ニッポン放送/制作プロダクション:TOHOスタジオ=AOI Pro.)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:塚原あゆ子
脚本:坂元裕二
製作:市川南、上田太地
共同製作:田中優策、弓矢政法、渡辺章仁、檜原麻希
エグゼクティブ・プロデューサー:臼井央
企画・プロデュース:山田兼司
プロデューサー:伊藤太一
ラインプロデューサー:横井義人
撮影:四宮秀俊
照明:秋山恵二郎
録音:反町憲人
美術:杉本亮
装飾:大和昌樹
スタイリスト:伊賀大介
衣裳:田口慧
ヘアメイク:酒井夢月
キャスティング:田端利江
編集:西尾光男
記録:森本順子
音楽:岩崎太整
音響効果:荒川きよし
カラリスト:石山将弘
助監督:山田卓司
制作担当:菅井俊哉
特殊造形:江川悦子
VFXプロデューサー:林達郎
キャスト
硯カンナ:松たか子
硯駈:松村北斗
天馬市郎:リリー・フランキー
天馬里津:吉岡里帆
世木杏里:森七菜
配達員:竹原ピストル
青山悠人:和田雅成
宇佐見慶吾:松田大輔
鳩村咲楽:神野三鈴
田端由香里:YOU
雨宮辰雄:鈴木慶一

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。