南三陸のうまいものと芋煮会

350 「サンセット・サンライズ」から

映画「サンセット・サンライズ」について、作品を彩る南三陸の海の幸、山の幸を主に述べていく。

 本作は、南三陸の架空の町、宇田濱町を舞台にした楡周平の小説をもとに、北三陸を舞台にした連続テレビ小説「あまちゃん」(2013)の宮藤官九郎が脚色。「あゝ、荒野」(2017)の岸善幸が監督を務めた。全体的にコメディタッチだが、東日本大震災の傷跡、コロナ禍、過疎化と空き家、都市部からの移住など、地域の抱える課題を前面に出した構成になっている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

スクリーンによみがえる“新しい日常”

 新型コロナウイルスの感染症が日本国内に拡大し始めた2020年3月、東京の大企業シンバルに勤める釣り好きの西尾晋作(菅田将暉)は、仕事がリモートワークになったことをきっかけに、海釣りができる地方への移住を決意。空き家情報サイトで4LDK、家具家電付き、家賃6万円という好物件を見つける。

 宇田濱町役場に務める関野百香(井上真央)は、役場で空き家問題の担当になったことから、自ら率先して範を示そうと空き家情報サイトに物件を登録した。それを晋作が見つけたのだった。

 しかし百香は、もともと閉鎖的な気質の町民が得体の知れぬウイルスへの恐怖から神経質になっているところに、よそ者が来たときの反応を想像。家を貸すのをやめようとしたのだが、その矢先、晋作が家の内見に来てしまう。晋作は、2週間の自主隔離を条件に“お試し移住”を始めるが、狭い町で晋作の噂はまたたく間に広がってしまう。

 ここで観客は、あの春から2023年5月に新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが5類に変更されるまでの“新しい日常”を改めて体験することになる。マスク、手洗い、うがい、アルコール消毒、検温、三密回避、2メートル以上のソーシャルディスタンス、県外移動自粛、黙食等々。今考えると過剰なものもあるが、当時エビデンスがない中で真剣にやっていたことが、コメディのネタになってしまうのは何とも皮肉である。

 とくにマスク会食については、食べているときはマスクを外し、会話が始まるとマスクを付け、また外して食べるという珍妙な所作が、劇中で忠実に再現されていて、思わず笑ってしまった。

もてなしハラスメント

南三陸の郷土料理の一つ、モウカノホシ。モウカザメ(ネズミザメ)の心臓の刺身である。
南三陸の郷土料理の一つ、モウカノホシ。モウカザメ(ネズミザメ)の心臓の刺身である。

 百香は東日本大震災で夫と子供を失くし、漁業を営むしゅうとの章男(中村雅俊)と二人暮らし。晋作の借りた家は、百香が家族と住んでいた家という設定だ。

 百香は30代半ばであるが、その美貌から地元の男たちのアイドル的存在。さらに震災での不幸な出来事によって彼らの男心に火が付き、悲劇のヒロインを守りたいという感情が男たちに芽生える。居酒屋「海幸」店主の倉部健介=ケン(竹原ピストル)、水産加工場勤務の高森武=タケ(三宅健)、石油小売業社長の山城進一郎(山本浩司)、役場勤務で百香の同僚の平畑耕作(好井まさお)の4人は、「モモちゃんの幸せを祈る会」を結成。百香に怪しい者が近付かないよう、常に目を光らせている。そんなところに突然東京から来たよそ者の晋作が現れたものだから、4人は気が気ではない。

 晋作が、釣った魚を焼酎と交換してもらおうと「海幸」を訪れると、グループのリーダー格のケンは、恋のライバルと見た晋作に豪華な海鮮料理を振舞うことでマウントをとろうとする。以下はそのメニューである。

  • お通し:イカ大根(肝入り)
  • メカジキのハモニカ焼き
  • 切りみ(イカの塩辛)と白ワインのマリアージュ
  • モウカノホシ
  • 締め:海鮮丼

 若干解説すると、ハモニカとはメカジキの背びれの付け根のこと。等間隔に並んだ筋の形がハーモニカに似ていることと、両手でつかんでかぶりつく姿がハーモニカを吹く姿と似ていることからその名が付いたという。モウカノホシはモウカザメ(ネズミザメ)の心臓の刺身。いずれも南三陸の郷土料理である。

 面白いのは晋作に対する嫌がらせを込めた振舞いが、おいしすぎて逆に晋作を喜ばせてしまっていること。晋作から「これ、もてなしハラスメントですわ」との一言が出るのもうなずける。

 このシーン以外にも、章男と百香の家でのどんこ汁、あざら、アジのなめろう、晋作の隣人の老婆、村山茂子(白川和子)の家でのメバルと細筍の煮付けなどの郷土料理もおいしそうに映っている。

課題を解決する“芋煮会”

 晋作の宇田濱での移住生活を耳にしたシンバルのカリスマ経営者、大津誠一郎(小日向文世)は、空き家の活用をビジネスチャンスととらえ、全国的に展開する地方創成プロジェクトの第1弾として、役場とタッグを組んだ「宇田濱モデル」の責任者に晋作を抜擢する。しかし、空き家のランク付けや、リフォームにかかる費用をどこが負担するかなど、課題が山積。地元住民の間でも、人間関係がこじれ始める。そこでケンが発案したのが“芋煮会”。昔からこの地では対立する当事者が河原に集まって、皆で芋煮をつつきながらざっくばらんに話し合い、もめごとを解決してきたのだ。

 芋煮は東北地方で定番の家庭料理で行事食。地域によって具材や味付けに違いがあるが、宇田濱の芋煮は豚肉入りの仙台味噌仕立ての仙台風。他の具は里芋、大根、人参、ごぼう、こんにゃくなどで、晋作らはおいしいと言うが、ケンは何かが足りないと納得いかない様子。話し合いが紛糾する中、ある“珍客”によってもたらされた“何か”によって芋煮が一段とおいしくなると共に、話し合いの方も一応の決着を見るのが面白い。

天は三物を与える

 本作で主演を務める菅田将暉は、俳優の他に歌手としても活動しているが、今回は空き家に飾られる絵も担当している。タイトルにつながる重要なアイテムであり、マルチな才能を発揮している。


あまちゃん
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あゝ、荒野
Amazonサイトへ→
どんこ汁 宮城県(農林水産省「うちの郷土料理 」)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/donko_jiru_miyagi.html
あざら 宮城県(農林水産省「うちの郷土料理 」)
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/azara_miyagi.html
芋煮マップ(全日本芋煮会同好会)
https://imonikai.jp/imoni-map/

【サンセット・サンライズ】

公式サイト
https://wwws.warnerbros.co.jp/sunsetsunrise/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2025年1月17日
上映時間:139分
製作会社:「サンセット・サンライズ」製作委員会(製作幹事:murmur/制作プロダクション:テレビマンユニオン)
配給:ワーナー・ブラザース映画
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:岸善幸
脚本:宮藤官九郎
原作:楡周平
エグゼクティブプロデューサー:中村優子、杉田浩光
企画・プロデュース:佐藤順子
製作:石井紹良、神山健一郎、山田邦雄、竹澤浩、角田真敏、渡邊万由美、小林敏之、渡辺章仁
プロデューサー:富田朋子
共同プロデューサー:谷戸豊
撮影:今村圭佑
美術:露木恵美子
装飾:松尾文子、福岡淳太郎
音楽:網守将平
主題歌:青葉市子
録音:原川慎平
音響効果:大塚智子
照明:平山達弥
編集:岡下慶仁
スタイリスト:伊賀大介
衣装:田口慧
ヘアメイク:新井はるか
キャスティング:田端利江、山下葉子
ラインプロデューサー:塚村悦郎
制作担当:宮森隆介、田中智明
助監督:山田卓司
フードコーディネーター:小野秋
キャスト
西尾晋作:菅田将暉
関野百香:井上真央
倉部健介(ケン):竹原ピストル
高森武(タケ):三宅健
山城進一郎:山本浩司
平畑耕作:好井まさお
持田仁美:池脇千鶴
狩野和彦:半海一晃
黒川重蔵:ビートきよし
村山茂子:白川和子
村山信夫:松尾貴史
澤村千佳:藤間爽子
玉木桜子:茅島みずき
平野武則:少路勇介
小柳課長:宮崎吐夢
大津誠一郎:小日向文世
関野章男:中村雅俊

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。