劇中三つ星レストランの〇と✕

348 「グランメゾン★パリ」から

前回の「ごはん映画ベスト10 2025年 邦画編」で第1位とした「グランメゾン★パリ」を、より詳細に見ていこうと思う。

 本作は、2019年に放映された連続ドラマ「グランメゾン★東京」と、2024年末に放映された「スペシャルドラマ グランメゾン★東京」の続編となる劇場版である。舞台を東京からパリに移し、「グランメゾン・パリ」のシェフとなった尾花夏樹(木村拓哉)が、仲間たちとミシュラン三つ星を目指す。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

再起をかけたシェフの心境の変化

 尾花は、“絶対味覚”を持つシェフの早見倫子(鈴木京香)、部門シェフの相沢瓶人(及川光博)、ホール責任者の京野陸太郎(沢村一樹)ら「グランメゾン東京」時代の仲間に加え、パティシエのリック・ユアン(オク・テギョン)、コミ(見習い)の小暮佑(正門良規)といった新しい仲間と「グランメゾン・パリ」で奮闘しているが、二つ星止まりで三つ星には手が届いていない。満足のいく食材の調達に難航していることがその一因であった。

 そんなある日、フランスガストロノミー協会のガラディナーで、尾花たちの料理は酷評を受けてしまう。この件がきっかけとなり、尾花は、テナントのオーナーであり29年連続で三つ星を獲り続けているレストラン「ブランカン」のシェフ、ルイ・ブランカンから立ち退き通告を受けてしまう。猶予は、ミシュランガイド・フランスの発表まで。尾花たちの負けられない戦いが、今始まる……というのが序盤のストーリーである。

 紆余曲折あって、尾花は何でも自分でやろうとする態度を改め、頭を下げて仲間たちの協力を仰ぐ。そして、フランス料理の伝統と格式に固執していたメニュー開発も、仲間の意見を取り入れて、和食を含めた世界中のよい食材を最大限に活用して、三つ星の料理を目指す姿勢に転換する。そして、ルイ、息子で「ブランカン」二代目のパスカル、フードインフルエンサーのリンダ・真知子・リシャール(冨永愛)を招いた新メニューお披露目の日を迎える……。

 本作の監督は「グランメゾン★東京」と「スペシャルドラマ グランメゾン★東京」に続き塚原あゆ子が担当。塚原は昨年は本作以外に、巨大ショッピングサイトと大手配送会社と派遣労働者の問題を描いた「ラストマイル」を手がけており、今年は、「怪物」(2023)で第76回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞した坂元裕二のオリジナル脚本による「ファーストキス 1ST KISS」の公開を控えている。

「グランメゾン★東京」では、調理シーンのアップに食材の一覧が字幕でスピーディーにオーバーラップする描写が印象的だったが、本作ではリンダがテーブルに運ばれた料理を食べながら、モノローグで批評する手法に変わっている。

コースの美しい品々

「グランメゾン★東京」では、料理監修に三つ星レストラン「カンテサンス」の岸田周三、先日亡くなった故服部幸應氏が理事長を務めていた服部栄養専門学校などが料理監修を行った。本作では、2020年にアジア人初となるフランスの三つ星を獲得した「Restaurant KEI」の小林圭シェフが加わり、実際に三つ星レストランで出されているような、厳選した素材に創意工夫と手間を加えた、芸術的かつ垂涎の料理が映し出される。以下は「グランメゾン・パリ」の、三つ星を目指すフルコースメニューである。

  • 赤紫蘇のグラニテ
  • イワシのコンフィと燻製したヨーグルトのムースのタルトレット
  • ブルターニュ産ホタテの“ミ・キュイ”ユッケ風
  • ラングスティーヌ“ブラッディ・メアリー”
  • 庭園風季節のサラダ
  • アーティチョークのベニエ ペリグールソース
  • ニョッキパルメザンチーズのクリーム イベリコ豚の生ハム リシュロンシュ産黒トリュフ
  • ノワール・ムチェ産一本釣りスズキの鱗焼き
  • 藁で瞬間燻製したオマールブルー
  • ピティヴィエ
  • 柚子のソルベと24カ月のコンテチーズ
  • フランボワーズと白みそのヴァシュラン
「グランメゾン・パリ」のフルコース中の料理の一つ「庭園風季節のサラダ」。尾花の盟友、相沢が発案した常識を覆すサラダである。
「グランメゾン・パリ」のフルコース中の料理の一つ「庭園風季節のサラダ」。尾花の盟友、相沢が発案した常識を覆すサラダである。

 ネタバレになってしまうのでメニュー一つひとつの詳細について記すのは控えるが、一例として「庭園風季節のサラダ」は、絵画のように野菜がちりばめられたミシェル・ブラスのガルグイユ(Gargouillou)を超えるサラダを目指したというもので、それぞれの素材を見映えよく散らすのではなく、全部を一緒にしたもの。それぞれの野菜に手を入れて食感の違いを際立たせ、味が単調にならないように酸味、苦味、甘味、それぞれをひと口で感じさせる工夫がなされている。

「100年先まで語り継がれるスペシャリテを生み出さなければ新しい扉は開かない」という相沢のセリフが示す通り、そこまでやらなければ「そのために旅行する価値のある卓越した料理」と定義される三つ星には手が届かないことを教えてくれる描写であった。

衛生・安全面で今日的と言えない部分も

 料理とその描写に関しては、三つ星獲得を目指すものとして納得の出来栄えと言えるが、気になった点を一つ述べておきたい。

 素人考えと言われるかもしれないが、厨房の全員が帽子を被っていないこと。「ブランカン」は、1968年以来三つ星を維持し続ける「トロワグロ」がモデルと思われるが、本物の三つ星レストランを映し出した「トロワグロ」のドキュメンタリー、「至福のレストラン/三つ星トロワグロ」(2024、本連載第334回、第338回参照)では、シェフ以外のすべての料理人が着帽していた。一皿ひと皿細かくチェックしているから帽子は不要という考え方があるかもしれないし、実際に調理者が無帽のレストランもある。映像作品としては、役者のヘアスタイルを隠したくないなどの事情もあるだろう。しかし、「グランメゾン★東京」ではコンタミネーションやノロウイルスでレストランが危機に陥るエピソードがあったこともあり、食品衛生と安全への配慮はもう少し欲しかった気がする。


グランメゾン★東京
Amazonサイトへ→
スペシャルドラマ グランメゾン★東京
https://www.tbs.co.jp/grandmaisontokyo/intro/
ラストマイル
https://last-mile-movie.jp/
怪物
Amazonサイトへ→
ファーストキス 1ST KISS
https://1stkiss-movie.toho.co.jp/
カンテサンス
https://www.quintessence.jp/
服部栄養専門学校
https://www.hattori.ac.jp/
Restaurant KEI
https://www.restaurant-kei.fr/
至福のレストラン/三つ星トロワグロ
https://www.shifuku-troisgros.com/
本連載第334回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0334
本連載第338回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0338

【グランメゾン★パリ】

公式サイト
https://grandmaison-project.jp/movie/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2024年12月30日
上映時間:118分
製作会社:「グランメゾン・パリ」製作委員会(制作プロダクション:TBS SPARKLE)
配給:東宝、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:塚原あゆ子
脚本:黒岩勉
料理監修:小林圭
キャスト
尾花夏樹:木村拓哉
早見倫子:鈴木京香
リック・ユアン:オク・テギョン
小暮佑:正門良規
平古祥平:玉森裕太
湯浅利久:窪田正孝
芹田公一:寛一郎
松井萌絵:吉谷彩子
久住栞奈:中村アン
リンダ・真知子・リシャール:冨永愛
相沢瓶人:及川光博
京野陸太郎:沢村一樹

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。