作物は有機物を吸収して育つとする有機栄養説に対して、19世紀の化学者リービッヒは、作物は成分を無機態で吸収するという無機栄養説を発表しました。これが今日の作物の栄養を考える基礎になっていますが、今日では別の吸収の形も知られています。そこを理解した上で、作物の栄養についてより深く学習していきましょう。
リービッヒの無機栄養説
リービッヒは、従来の“有機物を与えることで植物がより大きく成長する”とする有機栄養説をくつがえし、窒素、リン酸、カリのような“無機物のみで作物は育つ”とする無機栄養説を打ち出しました。
リービッヒの無機栄養説に沿って考案された無機栄養分の施用は、実際に高い効果を上げました。それまでのヨーロッパの人々は、堆肥、家畜の糞尿、緑肥などが作物の栄養となると考えていましたから、この新しい現実は、人々を大いに驚かせました。近代化学の発達とともに解明されたことが現実の栽培を変え、人々の営農の考え方を変えたのです。
今日、有機農法、オーガニックというものもありますが、現在では土壌に有機栄養を施用した場合も、有機物が土壌中で分解し、植物の栄養吸収のほとんどは硝酸イオンのように無機の状態で行われるということがわかっています。しかし、化学がまだ未発達の時代にはそんなことはわかりませんでした。
無機栄養だけではないことも判明
ただ、ここでもう一つ、リービッヒ以後にわかった重要なことを確認しておきます。有機物は確かに土壌微生物によって無機物に分解されていきますが、その中のあるものは完全に分解されない中間物で作物の根に吸収されることがわかってきました。
これは、農家が実際に圃場に有機物を施したときに感覚で感じていたことに近いのですが、単に無機成分だけ与えたときとは異なる生長が見られます。
そこで、作物に与える栄養について、今日までに解明されたことをまとめると、こうなります。
1.作物は無機成分だけでも育つ。
2.作物は有機物を施用しても育つ。ただしそのほとんどは、有機物が分解して出来た無機物が根から吸収されることによる。
3.その他に、有機物が無機物まで分解される前の中間の物質、アミノ酸や糖類のようなものも根から吸収する。
動物の栄養学とは異なる世界
以上がこれから作物の栄養を考えていくことをお話していくツカミになります。ただ、作物を売るために作る人、売るために買う人、食べるために買う人にとって、やはり最も知りたいことは、植物が単に大きく育つということだけではありません。農産物の品質、とくに五感への影響や、健康、安全など、それを食べた人への影響、作物のうまみに結び付く栄養が何であるか、どうかかわっているか、日持ち、加工時の歩留りが栄養の与え方とどうかかわっているのか――などなど、知りたいなどいろいろあるはずです。
こうした現実の農産物の需要や流通からの期待に、作物の栄養など栽培技術が応えられる事柄は限られているとは言え、こうしたことがわかることこそ大事です。
また、流通・小売のみなさんが産地の生産者とかかわるときに必ず出てくる問題、つまり肥料のことや栽培方針についてやりとりしていくためには、作物の栄養の知識は必須です。これを知らないからおかしな資材を使うことにこだわるなど的確と言えない指示を出したり、逆に生産者のペースで何でも決まってしまうということにもなるのです。
しかし残念ながら、今日のこうした背景に対応できなければいけない植物生理学や植物栄養学は、その意味では進歩をしているとはなかなか言えない分野であると、言わざるを得ません。
それぞれの現場で必要とされる現実的な知識は、学者さんたちが調べ考えて結論付けたものを、私たちが改良して打ち立てていくしかありません。
とは言え、こういうことはあらゆる分野の学問と技術の関係について言えることかもしれません。農業だけが学問と現場がくい違いをみせているのではないはずです。大切なことは、現場にいる人、より現場に近い人がすでに解明された科学の知識を持って、自らそれを現場に適用していく力です。
作物の栄養を知る探検へ
そんなことで、これから作物の栄養をみていきます。
作物の栄養について理解していくと、豊作で安値が付くときは立派な野菜が出来て、不作で高値が付くときほどみすぼらしい姿のものばかりという、経済学的にはなんとも不条理なことが起こる理由もわかるはずです。
こういう現象に、動物の栄養の与え方と植物の栄養の与え方の違いが表れています。人類の飢餓は、そこに住む人たちに食糧がないことが原因です。しかし、作物の栄養ではそのような説明がつくとは限らない。そのように、われわれ人間という動物にわかりやすい理屈ではないところが、興味をそそるところでもあります。