美食家たちが催した不吉な宴

341 「最後の晩餐」から

先日、東京・新宿のK’s cinemaで行われた「奇想天外映画祭」で上映された、1973年製作のマルコ・フェレーリ監督作品「最後の晩餐」をご紹介する。

 奇想天外映画祭とは、2019年から毎年開催されている劇場発信型の映画祭。劇場未公開作品や、過去の怪作・珍作・問題作を集めた、玉石混交のプログラム編成が特徴である。

 6回目となる今回のラインナップは、ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督とマレーネ・デートリッヒ主演のコンビ作「間諜X27」(1931)、ルイス・ブニュエル監督のメキシコ時代の作品「スサーナ」(1950)、シネマ・ノーヴォの旗手グラウベル・ローシャ監督の初長編作品「バラベント」(1962)、ジョン・ミリアス監督のギャング映画「デリンジャー」(1973)など14作品。その中から、最も食べ物と関連がある本作を紹介したい。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

美食家たちの欲望

 パリのレストランのシェフ、ウーゴ(ウーゴ・トニャッティ)、テレビマンのミシェル(ミシェル・ピコリ)、旅客機パイロットのマルチェロ(マルチェロ・マストロヤンニ)、裁判官のフィリップ(フィリップ・ノワレ)。食道楽で結ばれた4人の男たちは、食事会を催すためにフィリップが所有するパリ郊外の大邸宅に集う。

 美食家の食事会というと、「ポトフ 美食家と料理人」(2023、本連載第324、325回参照)が記憶に新しいが、本作の場合は事情が異なる。「ポトフ……」が純粋に美食を楽しむ食事会であるのに対し、本作にはそれ以外の目的があることが、ストーリーの展開と共にわかってくる。

 料理人のウーゴをリーダーとしたグルマンたちは、ブリア・サヴァランの「美味礼賛」の、ココアの効能についての記述を暗唱したり、イタリアンソースの由来について蘊蓄を傾けたりと、美食リテラシーは高いのだが、異常なのはその過剰さにある。

 4人が到着してすぐに、トラックで食材が運び込まれるシーンでは、その量に驚かされる。肉だけでも、猪1頭、子鹿2頭、子羊5頭、ホロホロ鳥120羽、若鶏36羽、ひな鶏240等々、何日かければ食べ尽くせるのかと気が遠くなる。さらにラスト近くで第2便が来たことから、4人が目的を達するまでは何日でも食べ続けるという欲望と強い意志を持っていたことがわかる。

 4人の欲望は、食欲だけにとどまらない。マルチェロが言い出しっぺとなり、3人の娼婦たちを食事会に招く。女教師のアンドレア(アンドレア・フェレオル)も、昼に生徒を連れて庭にある詩人ボワローにまつまる菩提樹を見学にきた際に誘われ、食事会に加わることに。かくして、カトリックが取り上げる七つの大罪(傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰)のうちの少なくとも二つを犯した、酒池肉林の狂宴が繰り広げられることになる。

 食事会で供される料理自体はまともなもので、ウーゴとマルチェロが早食い競争するカキ、牛の腎臓のワイン煮、鶏の詰め物と子豚の詰め物、木炭で炙った七面鳥、ウズラと若鶏、プロヴァンス風ピザ、トルテリーニのキノコ添え、栗のピューレ、リンゴのコンポート、そしてひときわ目立つ大型のデコレーションケーキなど、なるほど美食家があつらえそうなものとなっている。

 さて、宴もたけなわという頃、ウーゴが「ゴッドファーザー」(1972、本連載第31回参照)でマーロン・ブランドが演じたヴィトー・コルレオーネに仮装するシーンがある。これはただのおふざけでやっているわけではなく、ヴィトーになりきったウーゴが放つあるセリフが、4人が今回とった行動の動機に関連しているのである。

アンドレアが見届けたもの

ウーゴたちが最後に作った料理。鶏肉、ガチョウ、カモそれぞれのパテで教会の聖堂をかだどった。
ウーゴたちが最後に作った料理。鶏肉、ガチョウ、カモそれぞれのパテで教会の聖堂をかだどった。

 3日目、終わりの見えない食事会からまず脱落したのは、3人の娼婦たち。食べ続ける男たちに危険な匂いを感じ、逃げるように立ち去っていくのは生存本能のなせる業であり、至極真っ当な反応である。これに対してアンドレアは、4人の男たちの行く末を見届ける役割を引き受ける。これは、男たちの覚悟に気付いてある種の憐みを感じ、寄り添ってやろうとする母性本能なのかも知れない。

 過食がたたったものか身体の不調を訴える者も現れ、やがて男たちは内輪もめを始める。その内輪もめの醜悪さを表すかのように、一大アクシデントが勃発するのである。

 本作の原題は「La Grande Bouffe」(素晴らしい食事)。皮肉を込めたタイトルだが、邦題の方は直接的な意味合いを持っている。その“最後の晩餐”にウーゴたちが作ったのは、鶏肉、ガチョウ、カモそれぞれのパテで教会の聖堂をかだどった、見た目はピエスモンテ(大型装飾菓子)風の料理。デコレーションに使われたゆで卵は、ユダヤ教の過ぎ越しの祭りで、犠牲や嘆きの象徴とされる。そんなゆで卵をあえて使ったことが不吉さを感じさせる。

 4人を待ち受ける運命については、実際に映画をご覧いただきたい。

マルコ・フェレーリとマルチェロ・マストロヤンニについて

 本作の監督マルコ・フェレーリは、「ハーレム」(1967)、「ひきしお」(1972)など、発表する作品が物議をかもす鬼才として知られる。本作も例外ではなく、第26回カンヌ映画祭のコンペティションに出品されて賛否両論の末に国際映画批評家連盟賞を受賞している。

 また、本作で主演の一人を務めたマルチェロ・マストロヤンニが、今年で生誕100周年を迎えたことを記念して、10月28日から行われる第37回東京国際映画祭で特集上映が組まれている。フェデリコ・フェリーニ監督の「甘い生活」(1960)、「8 1/2」(1963)、アルベール・カミュ原作、ルキノヴィスコンティ監督の「異邦人」(1967)、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の「ひまわり」(1970)、マルコ・ベロッキオ監督の「エンリコ四世」(1984)と名作揃いで、映画祭のクロージングには、マルチェロとカトリーヌ・ドヌーヴの娘であるキアラ・マストロヤンニが主演を務め、ドヌーヴも出演しているマルチェロへのオマージュにあふれた新作「マルチェロ・ミオ」の上映が予定されている。


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【最後の晩餐】

作品基本データ
ジャンル:ドラマ
原題:La Grande Bouffe
製作国:フランス
製作年:1973年
公開年月日:1974年10月12日
上映時間:130分
製作会社:マラ・フィルム
配給:東和
カラー/サイズ:カラー/ヨーロピアン・ビスタ(1:1.66)
監督マルコ・フェレーリ
脚本:マルコ・フェレーリ、ラファエル・アズコーナ
製作:ジャン=ピエール・ラサム、ヴァンサン・マル
撮影:マリオ・ヴルピアーニ
美術:ミシェル・ド・ブロワン
音楽:フィリップ・サルド
録音:ジャン・ピエール・ルー
編集:クローディーヌ・メルラン
衣裳デザイン:ギット・マグリーニ
キャスト
マルチェロ:マルチェロ・マストロヤンニ
ウーゴ:ウーゴ・トニャッティ
ミシェル:ミシェル・ピコリ
フィリップ:フィリップ・ノワレ
アンドレア:アンドレア・フェレオル

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。