幕末武士が味わった“現代”

340 「侍タイムスリッパー」から

話題の映画「侍タイムスリッパー」に登場する食べ物についてご紹介する。本作では、平成にタイムスリップした幕末の武士が現代を実感する小道具として、食べ物が効果的に使われている。

 本作は、2024年8月17日に池袋シネマ・ロサ一館で上映がスタートしたところ、SNSなど口コミで評判が拡大。連日満席の活況を呈し、9月13日からは全国に上映が拡大し、10月2日現在の上映館153。自主制作作品のこの快進撃は、あの「カメラを止めるな」(2017)を彷彿とさせる。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

偲ばれる“5万回斬られた男”の存在

 時は幕末、京都の夜。会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)と村田左之助(高寺裕司)は、家老からの密命を受け、長州藩士の山形彦九郎(庄野崎謙)を襲撃する。新左衛門と彦九郎が刃を交えたその時、落雷が轟き、新左衛門はなぜか平成にタイムスリップ。出現した場所が時代劇の撮影所だったため、エキストラと間違われて騒動になる。その後新左衛門は、守るべき江戸幕府が140年前に滅んだことを知り絶望するが、心優しき人々に助けられ気力を取り戻す。そして時代劇の斬られ役こそ自分のできる仕事だと思い立ち、殺陣の技術集団「剣心会」に入門。斬られ役としてのキャリアを重ねていくというのが主なストーリーである。

 監督は安田淳一。これまで「拳銃と目玉焼」(2014、本連載第90回参照)、「ごはん」(2017)といった低予算の自主製作映画を手がけてきた。ただ、本作の場合は、美術、衣装、結髪けっぱつなどのコストがかかる時代劇の要素を含むだけに、製作は困難と思われたが、東映京都撮影所の協力を得られたことで、低予算ながら安っぽさを感じない作品に仕上がっている。

 東映京都撮影所が協力したのは、本作のシナリオが高く評価されたこともあるが、「ごはん」に出演した故・福本清三の存在も大きかったと思われる。福本は東映剣会とうえいつるぎかい所属の大部屋俳優として、長らく斬られ役を演じ続け、“5万回斬られた男”の異名をとった。本作にも殺陣師関本役で出演予定であったが、2021年に亡くなり、福本の弟子筋にあたる峰蘭太郎が関本を演じている。

 本作のエンドロールには、福本への献辞が添えられている。

江戸の武士の心を震わせた食べ物

 作中で扱われる食べ物を見ていこう。

 行き倒れていた新左衛門が、後に居候することになる西経寺の住職(福田善晴)に助けられ、住職の妻節子(紅萬子)の作った握り飯をご馳走になるシーン。新左衛門のセリフは、以下のようなものである。

「このようなうまい握り飯は、食したことがござらん
それに、磐梯山の雪のような白さ
食うてしまうのが、もったいない美しさですなあ」

新左衛門がそのうまさと「磐梯山の雪のように白い」美しさに驚愕した平成の握り飯。
新左衛門がそのうまさと「磐梯山の雪のように白い」美しさに驚愕した平成の握り飯。

 このセリフは、農家の後継者問題や農地集約の問題など、現代の日本農業の課題を題材とした「ごはん」を撮り、自らも米農家でもある安田監督の知見から出たものと思われる。江戸時代の米は、品種はもちろんのこと、乾燥、精米、炊飯の技術も現代ほど進んでおらず、現代の米と比べると食味や白さの面で劣っていたと想定したものと思われる。このうまくて美しい現代の握り飯が、これまでタイムスリップした身の上に悲観的だった新左衛門を、前に向かせるきっかけとなるのである。

 さらに、新左衛門のポジティブ思考を決定付けたのが、初めての苺ショートケーキ。それを食べるシーンの、住職夫妻とのやりとりは、以下のようなものである。

新左衛門「これは、大変高価な菓子なのでしょうなあ」

節子「ううん、近所のお店で買うた普通のやつやけど」

新左衛門「普通……すると誰もが口にすることができますので」

住職「もちろんですがな」

(むせび泣く新左衛門)

住職「泣くほどうまいんでっか」

新左衛門「はい 日の本はよい国になったのですね。
こんなうまい菓子が、誰もが口にすることができる豊かな国に」

 新左衛門としては、開国で西洋文明に初めて触れた日本人と同じような衝撃であったろう。江戸時代は太平の世であったが、農民や下級武士の生活は楽なものではなかった。それに比べて現代は、貧困の問題はあるものの、大多数の国民が廉価でうまいものを食べられる時代だ。そのありがたみを現代人である私たちも実感させられるシーンである。

 これはさらにネタバレになってしまうので詳しくは書かないが、もう一つの重要な人物と出来事に撮影所の弁当がかかわっていたのも興味深い。

本物の侍の思いを本物志向で描く

 新左衛門が令和ではなく平成にタイムスリップしたのは、近年は時代劇の製作がわずかで、ストーリーが成立しないからだ。2011年には「水戸黄門」(1969〜)の放映が終了し、2012年には地上波での民放レギュラー放送の時代劇は消滅した。新左衛門が劇中で斬られ役を演じた「世直し侍 心配無用ノ介」(劇中劇)のようなテレビ時代劇が存在したのは、ぎりぎり2000年代初頭ということになる。

 時代劇が消えようとしている時代に、本物の侍の思いを時代劇として残すという一念で、新左衛門らは映画「最後の武士」(劇中劇)の撮影に臨むことになる。

 チャンバラのシーンでは、とくに刀を振る音にこだわりが見られる。チャンバラに使われる刀は竹かジェラルミン製で軽い音。対して冒頭の幕末のシーンや、「最後の武士」クライマックスの“真剣勝負”のシーンでは、音に重みが感じられるのだ。

“真剣勝負”冒頭の40秒間の沈黙。黒澤明監督の「椿三十郎」(1962)へのオマージュが、監督の本物志向を表しているように思えた。

 折しもハリウッドでは、真田広之がプロデューサーと主演を務めた時代劇ドラマ「SHOGUN 将軍」が、第76回プライムタイム・エミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞など、18冠を獲得するという快挙を成し遂げた。本作のヒットとあわせ、時代劇の復権を願わずにはいられない。


カメラを止めるな
Amazonサイトへ→
拳銃と目玉焼
https://www.youtube.com/watch?v=A33IrxiRe2g
本連載第90回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0090
ごはん
https://www.youtube.com/watch?v=NwqoB-LUQAw
水戸黄門
Amazonサイトへ→
椿三十郎
Amazonサイトへ→
SHOGUN 将軍
https://disneyplus.disney.co.jp/program/shogun

【侍タイムスリッパー】

公式サイト
https://www.samutai.net/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2024年8月17日
上映時間:131分
製作会社:未来映画社(撮影協力:東映京都撮影所)
配給:未来映画社
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本・撮影・編集:安田淳一
制作:清水正子
音声:岩瀬航、江原三郎、松野泉
照明:土居欣也、はのひろし
時代衣装:古賀博隆、片山郁江
床山:川田政史
助監督:高垣博也、沙倉ゆうの
特効:前田智広、佃光
殺陣:清家一斗
美術協力:辻野大、田宮美咲、岡崎眞理
キャスト
高坂新左衛門:山口馬木也
風見恭一郎:冨家ノリマサ
山本優子:沙倉ゆうの
殺陣師関本:峰蘭太郎
山形彦九郎:庄野崎謙
村田左之助:高寺裕司
住職の妻節子:紅萬子
西経寺住職:福田善晴
撮影所所長井上:井上肇
斬られ役俳優安藤:安藤彰則
錦京太郎:田村ツトム

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。