「ふーみん」半世紀とこれから

332 映画「キッチンから花束を」から

5月末から公開となった「キッチンから花束を」を紹介する。

 東京都港区南青山、骨董通り(南町通り、高樹町通り)沿いにある小原流会館の地下1階に、行列の絶えない中華風家庭料理の店がある。1971年、渋谷区神宮前のキラー通り沿いに創業したその店は、50年たった現在もお客たちから愛され続けている。愛され続ける秘訣は、創業者である女性の創意工夫あふれる“和中折衷”の料理のおいしさと、温かな愛情を感じさせる女性の優しい笑顔にあるという。

 店の名前は「中華風家庭料理 ふーみん」。創業者の名前は斉風瑞さいふうみ(ふーみんママ)。「キッチンから花束を」は、ふーみんママとその家族を3年半に渡って取材しながら、ふーみんママ本人、家族、スタッフ、関係者、お客へのインタビューを通じて、ふーみんママの料理の原点、多種多彩なメニューが生まれたエピソード、台湾にルーツを持つ両親と家族への思いなどを描いたドキュメンタリーである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

味を育んだ家族とクリエーターたち

 1946年、東京で台湾人の両親のもとに生まれたふーみんママ。幼い頃父に作ってもらった干しアワビのスープのおいしさをいまだに覚えているという。そして温かな愛情を自分や兄弟に注いでくれた母の存在が、ふーみんママの人格形成に大きな影響を与えたと思える。

 若い頃のふーみんママは、当時女性が自分の店を持てる職業であった美容師を目指していたが、自信が持てず悶々としていたという。そんなとき、友人たちから料理の腕を褒められたことをきっかけに、料理人へ進路を変更することを考えた。加えて、高校生のとき初めて訪れた台湾旅行での食べ歩き体験で出会った料理を日本で試してみたいという思いもあり、料理店の開業を決意する。

 料理人人生がスタートのは、現在の南青山の店の厨房よりも狭い地下1階の7.95坪、2テーブルとカウンターのすし店の居抜きから。店名は、自分の名前をもじって付けたという。当初のメニューは、細麺のラーメン「ふーみんそば」、牛モツ(ハチノス)を使った「辛味麺」、ニンニクたっぷりの「豆腐そば」、広東料理の葱油鶏ソンユーチーからヒントを得た「ねぎそば」など、小腹を満たす麺類が充実していた。

「ふーみん」の看板料理の一つ「ねぎワンタン」。なじみ客だった和田誠氏の発案による「ねぎそば」のアレンジメニューである。
「ふーみん」の看板料理の一つ「ねぎワンタン」。なじみ客だった和田誠氏の発案による「ねぎそば」のアレンジメニューである。

 1970年代のキラー通り界隈は、イラストレーター、グラフックデザイナー、エッセイスト、映画監督の和田誠、ファッションデザイナーの三宅一生、金子功、コシノジュンコなど、デザイン関連やアパレル関連の人材が集結していた。これらクリエーターたちが、「ふーみん」の料理のおいしさと、ふーみんママの人柄に魅せられてなじみ客となり、ふーみんママの方も彼らのリクエストやアイデアから創意工夫を凝らした料理を生み出していった。レタスとご飯の上にひき肉と納豆を炒めて載せた「納豆ごはん」、そこから派生した「納豆チャーハン」、和田誠が「ねぎそば」の麺の代わりにワンタンをリクエストしたことからできた「ねぎワンタン」などはその好例である。

 故和田の妻で料理研究家・タレント・シャンソン歌手の平野レミは、「ねぎそば」や「ねぎワンタン」の調理の最後で、ごま油がねぎにかかる際の「ジャーッ」っという音を「音もごちそう」だとインタビューで述べている。その音は本作でももちろん再現されている。

 その後、「ふーみん」は渋谷区南平台、現在の南青山と二度移転している。現在の店に移る際、看板(ピンクのロゴ)をデザインしたのが、神宮前時代からのなじみ客でイラストレーターの灘本唯人だった。さらにニンニクのマークは、絵本作家の五味太郎が手がけるなど、ふーみんママがクリエーターたちから慕われていたことがうかがえる。

「ふーみん」のメニューの中には、ふーみんママが育った斉家の味を伝えるものもある。名物料理の一つ「豚肉の梅干煮」は、NHK「きょうの料理」に出演していたふーみんママが、夏のスタミナ料理をリクエストされ、中国の家庭料理「豚肉と玉子の醤油煮」の斉家アレンジをもとに創作した料理である。

「ねぎそば」「ねぎワンタン」「納豆チャーハン」「豚肉の梅干煮」は、公式サイトにレシピが載っているのでご参照いただきたい。

料理の探求は続く

「ふーみん」が50年にわたって愛されてきたのはまた、ふーみんママだけの力ではなく、周囲の支えもあってこそと思える。現在は店長を務める瀧澤一喜は、ふーみんママの妹・芳子の長男でふーみんママの甥にあたる。長年ホールの最前線でお客と向き合い、懇切丁寧に対応してきた瀧澤は、「ふーみん」にはなくてはならない存在になっている。

 また料理長の白井次男は、ふーみんママの生み出した“お母さんのやさしい味”を理解し、受け継いでいる。

 こうして安心して任せられる後継者を育てたうえで、ふーみんママは70歳を機に「ふーみん」を引退した。その裏には、体力的な問題を心配した家族の進言もあったという。

 本作冒頭、「ふーみん」の厨房で中華鍋を振るふーみんママの姿が見られるが、これは本作のためのサービスシーンだろう。しかし、ふーみんママは「ふーみん」を引退した後も、台湾に渡って彼の地の家庭料理を研究するなど精力的な活動を続けた。そして現在は神奈川県川崎市高津区の「フィオーレの森」にある「斉」で、芳子と共に客数を絞って、「ふーみん」からさらに進化させた“中華風家庭料理”を提供している。喜寿を越えてなお衰えぬ料理への探求心で、これからもお客を喜ばせていくだろう。


中華風家庭料理 ふーみん
https://fuumin.gorp.jp/
きょうの料理(公式)
https://www.nhk.jp/p/kyounoryouri/ts/XR5ZNJLM2Q/
斉(Instagram)
https://www.instagram.com/fuminsai/

【キッチンから花束を】

公式サイト
https://www.negiwantan.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2024年5月31日
上映時間:89分
製作会社:エイトピクチャーズ
配給:ギグリーボックス
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督:菊池久志
プロデューサー:菊池久志、岩本桃子
アートディレクション:GOO CHOKI PAR
照明:入尾明慶、粂川葉
音楽:高木正勝
音楽プロデューサー:山田勝也
ミックス:森浩一
メインビジュアル撮影:若木信吾
劇中イラスト:高妍
台湾コーディネーター:青木由香
キャスト
斉風瑞:
瀧澤一喜:
白井次男:
平野レミ:
五味太郎:
ナレーション:井川遥

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。