今回は、アカデミー賞受賞を記念して、「君たちはどう生きるか」に登場する“ジブリ飯”を取り上げる。本作については、連載第309回(2023年7月28日)で取り上げたが、当時は公開直後だったことと、配給サイドでもプロモーションをほとんど行っていなかったことなどに配慮して、いったん執筆した原稿の公開を控えていた。今回は改稿し、食を手がかりに細かく見ていきたい。
さる3月10日、第96回アカデミー賞の受賞作が発表された。注目は、ノミネートされた日本映画3本の結果。国際長編映画賞にノミネートされていた「PERFECT DAYS」(本連載第322回参照)は惜しくも受賞を逃したが、「ゴジラ-1.0」が日本映画初の視覚効果賞、「君たちはどう生きるか」が「千と千尋の神隠し」(2001、本連載第79回参照)に続く日本映画として二度目となる長編アニメ映画賞を受賞する快挙となった。
※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。
東京土産と大根飯
「君たちはどう生きるか」は、太平洋戦争末期の北関東の田舎町を舞台に、“生と死の世界”に迷い込んだ11歳の少年・牧眞人(声:山時聡真)の冒険と成長を描いたファンタジー活劇である。異世界ものという視点では「千と千尋の神隠し」、戦中ものという視点では「風立ちぬ」(2013、本連載第56回参照)の系譜に連なる作品と言える。
1943年、東京の空襲で実母の久子を亡くした眞人は、翌1944年、父の正一(声:木村拓哉)と共に、久子の実家がある北関東の田舎町に疎開する。駅には久子の妹・夏子(声:木村佳乃)が迎えに来ている。正一は夏子と再婚し、夏子は正一の子を妊娠中である。
正一は軍需工場を経営しており、裕福な暮らしをしている。疎開先の家は、和洋折衷の庭園家屋「青鷺屋敷」。まるで「千と千尋の神隠し」の油屋のような豪邸である。そこには湯婆婆のような二頭身体形の七人の老婆たち(声:竹下景子、大竹しのぶ、風吹ジュン、阿川佐和子等)がいて、「白雪姫」(1937)の七人の小人のようにお屋敷の姫=夏子を守っている。
老婆たちは、牛肉、コンビーフ、鮭、鯖などの缶詰と、上白糖やたばこなど、正一の東京土産に喜びの声をあげる。この頃はほとんどの生活物資が配給制で自由に入手できず、缶詰、砂糖、たばこなどは贅沢品だった。夏子が眞人の部屋に運んできたシベリア(「風立ちぬ」にも登場した、カステラに餡をはさんだ菓子)や、後に眞人が行方不明になった際、捜索に出た正一が非常食として携行した板チョコも同様である。
一方で眞人の気持ちは、短期間に母との死別、父の再婚、継母の出現という大きな出来事が立て続けに起き、大きく傷付いていた。自分たちだけが贅沢をしているという背徳感にもさいなまれていたが、都会の贅沢品とは対照的な一汁一菜の大根飯は、まずくて食えたものではない。そんな中、ある事件が起きる。眞人は、「不思議の国のアリス」(1865)の白ウサギのような異世界への案内役、青サギと人間の間を行き来するサギ男(声:菅田将暉)に導かれて、死が終わり生が始まる場所“生と死の世界”へと足を踏み入れていくのである。
女漁師と火を操る少女
眞人が“生と死の世界”で最初に出会うのが、キリコ(声:柴咲コウ)という女漁師。“生と死の世界”に落ちたばかりのところでペリカンに襲われた眞人を救ったキリコは、眞人に操船の手伝いをさせたり、巨大魚の解体を手伝わせたりと、こき使う。獲れた魚は、はらわたまで他の者に与えてしまうので、キリコの食事はシチューとパンという質素なものだ。実はこのキリコ、現実世界のある人物と共通点があることが見て取れる。このことから、“生と死の世界”は、時間を越えて現実世界とつながった世界であることがわかる。
その夜、眞人が“生と死の世界”における生き物同士の食物連鎖を目撃しているところに、火を操る少女、ヒミ(声:あいみょん)が現れる。ヒミは後半のキーパーソンとなる人物である。
ジャムパンの味
冒険を続ける眞人は、“生と死の世界”の最大勢力であるインコの集団に殺されそうになったところをヒミに助けられる。そのヒミの家で眞人がごちそうになったのが、パン・ド・カンパーニュのような丸いパンをスライスしてバターとイチゴジャムをたっぷり塗ったジャムパン。眞人が口の周りを真っ赤にしながらジャムパンにかぶり付く姿が何ともおいしそうである。そして眞人は、以前ある人に焼いてもらったパンの味を思い出す。ヒミもキリコと同様、時間を越えて現実世界とつながっていることがわかるシーンである。
インコたちの宴会料理
眞人は、再びインコたちに捕らえられ、食われそうになる。厨房では、眞人の調理担当らしきインコが包丁を研ぐ一方、シェフのインコの下で大勢のインコが、ブリゲード・ド・キュイジーヌのような規律正しい役割分担で、野菜のデコレーションケーキをはじめとする宴会料理を準備している。これは、眞人のピンチを抜きにして微笑ましく映った。そしてこのインコ社会が、リーダーの無謀な行動によってどうなるのかは、実際に映画をご覧いただきたい。
両親、鈴木、そして高畑
本作は、前述のとおり昨年7月14日の公開前後に宣伝の類を一切行わないシークレット・マーケティング手法が話題となった。その後、パンフレットが発売され、各種媒体で情報が公開され、昨年の12月16日には本作の制作現場に密着したNHKのドキュメンタリー「ジブリと宮﨑駿の2399日 – プロフェッショナル 仕事の流儀」が放映されるなど、作品の全貌が次第に明らかになってきた。
これらの情報によると、本作の登場人物は、皆モデルが存在するという。主人公の眞人は宮﨑駿監督自身。正一は宮﨑の父、久子は宮﨑の母、青サギ/サギ男はプロデューサーの鈴木敏夫、本作のラスボス的存在の大叔父(声:火野正平)は、宮﨑の盟友で2018年に亡くなった高畑勲がモデルとのことである。ドキュメンタリーでは、とくに高畑への執着が語られていた。高畑も草葉の陰で、盟友のアカデミー賞受賞を喜んでいるに違いないと思った。