オリジナルのJBA版「マウント・フジ」に使うベルモットが「マルティニ・エ・ロッシのベルモット(白)」だとすると、どうしても仕上がりは赤にならない。目の前で起こった現実が受け入れられず、実際に作ってみてもらうために、筆者はバーに向かった。
頼みの綱はオレンジ・ビタースだが
心優しい読者の中には「ラム酒って茶色だったのでは?」と助け船を出してくれる方もおられるだろう。茶色のラムにビタースの赤が加われば、見ようによっては「マウント・フジ」が赤く見えるのでは、と。
確かに、「マウント・フジ」の現行レシピではホワイトと指定されているラムだが、オリジナルの「大日本基準コクテール・ブック」(以下「大日本基準」)には色の指定はなく、ただ「バカルディ・ラム」と記されているだけだ。色付きの方を使えば赤に近付くかもしれない。ところが残念なことに、「バカルディ」はキューバ・ラムの特徴として、濃褐色のジャマイカ・ラムに比べて色が薄いのだ。
ベルモットが白で、ラムも淡い黄金色ならば、「大日本基準」の指定レシピに従いながら“赤富士”に近付ける最後の頼みの綱は、オレンジ・ビタースしかない。「1滴」ならば動かしようがないが、オリジナル「大日本基準」の指定は1 dash(1振り)。ルール違反ギリギリにはなるが「でえぇぃっ!」と力強くシェーカーに振り入れればどうか。オレンジ・ビタースはとくにメーカーに指定がないが、アンゴスチュラ・ビタースなら少しは色が付く。
日本で最も一般的なアンゴスチュラ・ビタースに比べて、現在のオレンジ・ビタースは総じて色が薄いものが多い。「リーマーシュミット」(Riemerschmidt)リーガンスNo.6(REGANS)、終売になった「ヘルメス」(サントリー)※も同様で、アンゴスチュラが2008年に発売したオレンジ・ビタースに至っては透明に近い。
しかし1960年代以前のオレンジ・ビタースには「ゴードン」(GORDON)や「パレス・ローヤル」(PALACE ROYAL)のように色の薄いものから、「フィールドサン&カンパニー」(Field. Son & Co)やアメリカでとくに人気があった「オールドハウス」(Old House)のように、現在のアンゴスチュラに近い濃い色のものまでさまざまだったから、これをアンゴスチュラ・ビタースで代用しても色の再現に関してはあながち外れてはいないはずだ。
差し出されたオリジナル・レシピの「マウント・フジ」の色
ともあれ、現在一般に「マウント・フジ」に使われている赤ではなく、白のベルモットと「バカルディ」を指定通りに使った場合、どんな色になるかを確かめねばならない。藁にもすがる思いで寒空に出た筆者は、片端から行きつけのバーに当たっていった。どこのバーにも若者向けの「マイヤーズ」や「キャプテン・モーガン」は置いているが、色付き、すなわち「バカルディ(ゴールド)」を置いている店が見つからない。
ようやく見つかったのは5軒目のバーだった。前の4軒で飲んだ酒の勢いも加わって転がり込むように店に飛び込んできた筆者の剣幕に驚くバーテンダーに、あいさつもそこそこに「大日本基準」のレシピを伝える。味の再現には「大日本基準」の指定通りの「マルティニ・エ・ロッシのベルモット(白)」(甘口)が必要なのだが、今は色の確認が先だ。忠実な再現は後日の宿題として「チンザノ」のベルモット(白)で作ってもらう。
昭和8(1933)年の色を再現した「マウント・フジ」がカウンターの上に差し出された。……万事休す。“赤富士”は赤ではなかったのだ。
※ ついこの前までは小さなスナックにも置いてあった「ヘルメス・オレンジ・ビタース」が、むしろ海外のビタース愛好家の間で評価が高く、奪い合いになっていることは、日本ではほとんど知られていない。「昔のオレンジ・ビタースにいちばん近い」「1930年代のカクテルを作るときはこれに限る」という愛好家の声がある理由は、「ヘルメス」のベースは南欧産のオレンジピールで、十数種の草根木皮という至極ベーシックな作りだからのようだ。残念ながら数年前に販売を終了しており、筆者も10店以上の酒屋を探したが新品は入手できなかった。そのため今回はバーからお借りしている。「ヘルメス」を見つけたら「マウント・フジ」の再現以外のためにも、プレミアが付く前に買っておいて損はないようだ。