最近は、模型や調理器具など本体よりも付録の価値を前面に打ち出した書籍、MOOKが多数発行されている。そうしたなか、紅茶を売る本、つまり初めて食品を付録とする本が出版された。コンサルタントの奥井俊史氏は、この“事件”から、書店が新しい「顧客接点」として台頭してくることを予想する。
初の“食品付きの本”
11月25日、付録に食品が付いた本が発売された。「Tea Party ~お茶にしましょ~」創刊号がそれだ。
さて、「Tea Party ~お茶にしましょ~」について、いくつか私見を述べて稿を終えたい。まず缶はセンスのよいものだが、もう少しお茶自体を楽しめるように大きな容量の缶にして欲しいと感じた。また、冊子部分は缶を納める箱と一体になっているが、これを切り離し、書籍の形で毎号をコレクションしていけるようにすると、一層価値が高まるだろう。欲を言えば、読み物としてもいま少し内容の充実を求めたい。とは言え、この記事を書きながら“本体”である紅茶を試飲したところ、中々口になじみやすく好感が持てた。
紅茶でも中国茶でも、本格的にうんちくを読みかつ語りながら楽しむ生活習慣が広がっている潮流にもかなった紅茶の売り方でもあるし、世の中の変化を加速させるおまけ本でもある。今回の勇気ある試みの成功に期待している。 21.1×14.9×3.8cmの書籍型パッケージに缶入りの紅茶が付いている。厚みのほとんどは紅茶の缶によるものなので、実際は紅茶のおまけ付きと言うよりは、おまけが主体と言うべきかもしれない。
発行元はルピシアトレーディングで、茶類の輸入・製造・卸・販売とレストラン運営等も行っているルピシアのグループ企業だ。
昨今は、デアゴスティーニ・ジャパンをはじめ、模型やフィギュアなどの付録が商品の主体となった出版物が注目を集めているが、そうした中でも、これまで食品が付録となった出版物は皆無だった。これには、出版物の物流を担う企業の意向が大きく影響している。
出版物は取次システムという独特な物流体制が確立されており、トーハン、日本出版販売(日販)が二大大手とされ、太洋社、栗田出版販売等、特色ある展開を行う取次がいくつかあるという勢力図となっている。これら各社は、出版物の物流における荷扱いの環境条件や、商品の経時劣化に対する懸念などから、これまで食品を付録に付けることを拒絶してきた。
また、出版社にしても、雑誌やMOOKとなれば、本体も付録もある程度継続して発信し続けられる種類のネタである必要があり、それに合った食品のシリーズというものは考えづらかったかもしれない。まして、悪くすれば数年以上にわたって書店の店頭か取次や自社の倉庫を移動しながら在庫される書籍に付ける食品となればなおのことだ。
変わる出版物と書店の売り場環境
しかし、現在の社会変化の中で考えて見ると、出版物流通にかかわる出版・取次・書店各社各店の機能を、従来の書籍・雑誌・MOOKだけを扱う限定的なロジスティックとして考えている限り、その価値を維持することは難しい変化が急速に押し寄せて来ている。情報も、リアルの商品も、それらを扱うチャネルも、かつてとは比較にならないほど多様化しているからだ。
そうした中、予想される出版物一般の衰退に対して、自分たちの持つ経済的価値を従来型の書籍・雑誌・MOOKの流通という限定的なものから、より高い社会的価値を有する流通業体に変質させ、拡大するためにどの様に変化対応・実態則応すべきかという考え方が高まってくるのは当然だ。
出版物の将来がどの様になるかという根本問題を抱える出版社と取次、さらには書店自身の持つ危機感は想像を超えて高まっているに違いなく、多面的に変化に対応するために、真剣で切実な実感を持って検討をしている真っ最中であろう。
実際、以前に比べれば書店の売り場環境も大きく変わった。例えば、丸善(丸善)は、売場で特集するテーマの出版物だけでなく、テーマに関する各種の商品(例・「自転車」がテーマなら、自転車そのものと自転車用品、ファッション等)も展示・販売するというクロスセルの取り組みを行っている。また、ディアゴスティーニなどによる、各種の付録メインの出版物も、その変化の兆しを捉え、加速させたと見ることが出来るだろう。
これらの新しい売り方と新しい商品は、書店の域を超えて拡大を志向していくだろう。今後も、既存書店の取り扱い品目の変化に対応して、あるいはその変化を誘導すらして、業界内外の知恵をうまく利用しながら取り扱い品目を多様化させていくことだろう。
そうした流れの中で見れば、今回の食品が付録の本「Tea Party ~お茶にしましょ~」の登場という“変化”は、歓迎される背景があったと考えられる。これは、出版物流通業から高機能の特性を持った新しい形の流通業に変貌を遂げて行く上での、面白い変化をもたらすことに貢献するかもしれないと私は考えている。出版物流通の変化に、さらに一つ明確な風穴をこの本があけたことは間違いない。
品質保つパッケージを選択
ルピシアに聞いてみると、同グループが扱っている茶の産地は世界各地に及び、種類は400種を超えるという。その中で、今回の「Tea Party ~お茶にしましょ~」では、まずは最も得意とし、市場の幅も広い紅茶に絞り込んで“難問の解決”に取り組んだと言う。
実際の開発では、書籍の流通・荷扱い・衛生問題・日持ちの問題等、数々の問題に対処すべく、紅茶は不活性ガス封入のアルミ蒸着フィルム入りとし、これを缶に詰めた。
こうして品質確保と楽しみを増すように商品価値を高めた上で、季節の折々にふさわしい内容となるように紅茶の種類を選択し、その紅茶のうんちくを冊子として毎号の内容に変化を付け、継続出版して行くという計画であるらしい。
紅茶は2缶入っているが、これは同社の標準では1缶の希望小売価格は515円(税込)ということだ。これに今月のお茶「キャロル」「シャンパーニュ・ロゼ」のうんちくを紹介する冊子部分を付けて980円で売り出し、それなりのお値打感も出している。
さて、こうして誕生した注目の食そのものの“本”だが、現在の書籍の通常の流通に当っての管理コードであるISBN(International Standard Book Number)や雑誌コードは今の処未取得となっており、販売管理には国内で最も普及している商品識別コードJANコードを採用している。今後、電子書籍・電子雑誌を含む出版物の多様化が進む中にあって、ISBNや雑誌コードの独特の物流管理上の意味は次第に薄まって行くだろう。そのことについても考えさせられるエピソードだ。
また、この“本”には食品の常識として製造者、賞味期限とも明記されている上、返却期限も記されている。それによるとシェルフライフは最長でもわずか40日ほどだ。それだけに一気に売り出し、一気に売りさばく必要性があることは免れないし、リスクもある。これまでの出版物流通の常識にあぐらをかいていては取り扱える商品ではない。だが、それだけに先駆者利益も見込めるのだろう。
書店は強力な顧客接点に変貌し得る
出版の将来に話を戻せば、私自身は出版物の流通システムは、まだ十分活用されていない高い機能価値を秘めていると考えている。まず何と言っても、書店は他の小売店と比較しても、高質かつ優れた機能と多様性を持った「最終顧客接点」の一つである。取次の流通システムは、この書店というたぐいまれな社会的な資産を持つ、高い価値・可能性を秘めた物流機構そのものだ。
巷間、「活字離れ」「書店離れ」が喧伝されてはいるのに反して、取次システムは近い将来に、この未活用の価値を生かすシステムをビルトインした“ロジスティック・プラスアルファー”に変貌を遂げると観ている。今回の食そのものの“本”の登場を機会として生かし、前述のクロスセルの方法なども取り入れるなどで店頭価値を高めていけば、書店には他の小売店にも打ち勝っていける力と特性が備わっていくはずだ。
さて、「Tea Party ~お茶にしましょ~」について、いくつか私見を述べて稿を終えたい。まず缶はセンスのよいものだが、もう少しお茶自体を楽しめるように大きな容量の缶にして欲しいと感じた。また、冊子部分は缶を納める箱と一体になっているが、これを切り離し、書籍の形で毎号をコレクションしていけるようにすると、一層価値が高まるだろう。欲を言えば、読み物としてもいま少し内容の充実を求めたい。とは言え、この記事を書きながら“本体”である紅茶を試飲したところ、中々口になじみやすく好感が持てた。
紅茶でも中国茶でも、本格的にうんちくを読みかつ語りながら楽しむ生活習慣が広がっている潮流にもかなった紅茶の売り方でもあるし、世の中の変化を加速させるおまけ本でもある。今回の勇気ある試みの成功に期待している。