中国のはんこと日本のはんこ

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2000年以降、中国各地を業務に関連して何回か訪問している。それぞれの土地で、お土産として印章(はんこ)をいただいた。また、中国のほとんどの空港には印章を売る店があり、飛行機を待っている間に素早く彫ってくれる。

中国でプレゼントされた印章とその印影。
中国でプレゼントされた印章とその印影。

 写真は訪問先でプレゼントされた印章である。印章の材質は、中央右の1本が緻密な砂岩で、他はメノウと思われる。上の2本組は彫刻された鈕(上部のつまみ部分)が付いており、印側(本体の側面部分)にも文字が彫られた立派なものである。このタイプのものでは、印面に姓名が彫られているものと、姓と名がそれぞれ別々のものもある。箱がついているので高級な感じがするのだが、文字が太く、材への彫り込みも浅いのを悲しく思う。本体は立派でも、印面の作業は手抜きなのである。

中国では書類に印鑑を用いない

 日本では契約での意思表示や個人の認証などのために印影を用いる印鑑の文化があるが、これが中国大陸から伝わった印章の文化に由来するのは明らかである。

 原始的な印章と言える存在は中東(紀元前7000〜6000年頃)で発見されている。紀元前5000年には古代メソポタミアでも使用されており、粘土板などの上に押すスタンプ型だった。紀元前3000年の古代エジプトでは、聖なる虫とされたスカラベ(コガネムシの一種)の形の本体にヒエログリフ(古代エジプトの象形文字)の印影を刻んだスカラベ印章が用いられた。インダス文明でも同様のタイプが広く使用され、この種のものが戦国時代初期(紀元前4〜5世紀)の中国大陸に伝播したという。

 ただし、現代中国では正式な書類に印鑑を使用する制度は存在しない。ご存知のように欧米には印鑑に相当する文化はなく、契約書などではサインを用いるが、これは現代中国でも同じである。ただ、日付や受領済みなどを表示するためのゴム印は中国でも見たことがある。

 なお、日本のような印鑑の制度は韓国と台湾にも持ち込まれたが、その後、韓国では廃れた一方、台湾では今でも使われているという。

 印章の話から離れるが、中国大陸から伝わった文化が日本で長く用いられたり新しい展開が起こったりした一方、大陸や韓半島ではそのままであったり消えていったりということはほかにもある。たとえば、日本では大陸から伝わった漢字から片仮名と平仮名を発明した。現在の日本では、漢字仮名交じりで表記することが一般的である。

 この漢字仮名交じり文は実に読みやすい。日本語を学ぼうとする外国人にとっては覚える文字の種類が多いということで日本語は難しいと言われがちではある。実際、漢字仮名交じり文をすらすらと読めるようになるにはトレーニングが必要だが、身についてしまえば、素早く正確に読むことに向いている。最近はコスパ(コストパフォーマンス)ならぬタイパ(タイムパフォーマンス)というようだが、漢字仮名交じり文は“時短”のために漢字中心に拾い読みをしたり、いわゆる斜め読みがしやすい。

 アルファベットやハングルなどの表音文字や、漢字の表音文字としての使用が進んでいる現代の中国の文章で斜め読みは難しいだろう。ハングルでは意味をときどき読み間違えることがあるという。それは日本でも、もしも平仮名だけで書かれた文章で、しかも読点もなければ、同じような誤読は頻発するであろう(かつてワープロの性能についての紹介で「きしゃのきしゃがきしゃできしゃする」といった例文が使われたことがあったが、「貴社の記者が汽車で帰社する」と書かれていれば、ほとんど一瞬で理解できるだろう)。今日の韓国はハングルのみを基本として漢字を排除してしまったが、極めて大きな間違いだったというのが筆者の考えだ。

 また、日本の子供は漢字を学ぶと、音読みと訓読みがあることを知ることになる。これは、物事には複数の面が備わっていることを自然に身につけることにつながる。そのことから、課題の解決には複数の道があることも理解しやすいのではないだろうか。さらに、踏み込み過ぎかもしれないが、他人とのコミュニケーションにも役立っているように思う。

脱印鑑のなかで印章製作は消えるのか

彫刻刀と天然石の印章製作セット。
彫刻刀と天然石の印章製作セット。

 印章に話を戻そう。日本で用いられる印鑑は、個人が市区町村の役所に登録したり法人が法務局に登録したりして使用する実印、銀行などの金融機関に登録する銀行印、届出等が不要の認印の3種類に大別できる。

 認印や銀行印に使われる通常の印章は、押印時に正しい向きがわかりやすいように印面の上側に削り込みやマークが付いているものだが、実印用に作られる印章は、多くの場合そのようなマークが付けられない。それは押印時にしっかりと確認せよということだと言われている。

 さて、現代中国と韓国に印鑑がないと述べたが、日本でも“脱印鑑”の動きが急である。コロナ禍の影響もあって、宅配の受取時の認印も不要な場合が増えている。銀行印は通帳の印影をコピーできるため、口座開設時以降の押印等は早くから省略されている。また、この分野では印影の画像を電子文書に添付する機能を有する電子印鑑(デジタル印)も登場している。金融機関のみならず、各種の契約、役所への提出書類等でも、印鑑が必要な場面は減っている。

 その流れのなかで印章を製作する仕事も減っていくことが予想されるのだが、特別な技術が必要な業務が消えていくことが気がかりである。はんこ屋さんはたいへんだと思うが、頑張ってほしい。

 実は筆者も印章の手作りキットを持っている。彫刻刀と天然石のセットである。何を彫るかは思案中である。ちょうど、風景などのスケッチを始めようと考えているので、描いた絵に添える落款(署名捺印)に用いる篆刻に挑戦することを考えている。

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About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。