今年もやって来るバレンタインデー。チョコレート業界にとっては一年で一番の書き入れ時だ。この時期には、全国各地で関連イベントが多数行われる。その中で、「日本一のチョコレートの祭典」と言われているのが、ジェイアール名古屋タカシマヤの「アムール・デュ・ショコラ」。全国で行われている同イベントの中でもトップの売上を誇る。
そんな注目のイベントに出店する、国内外から選び抜かれた150ブランドの中で、6年連続で出店しているのが、今回紹介するドキュメンタリー映画「チョコレートな人々」の舞台となる、久遠チョコレート(QUON CHOCOLATE)である。
※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。
「全国夢のチョコレートプロジェクト」
本作は、本連載第166回でも取り上げた「人生フルーツ」(2017)の東海テレビが制作した劇場用ドキュメンタリーの14作目で、2021年日本民間放送連盟賞テレビ部門グランプリに輝いたTVドキュメンタリーを基にしている。
久遠チョコレートは、障がい者の仕事の変革などに取り組む一般社団法人ラバルカグループの夏目博次代表理事と、ショコラティエの野口和男氏が立ち上げた「全国夢のチョコレートプロジェクト」の自主ブランドとして始まったもので、2014年、日本財団が実施する「夢の貯金箱」(寄付型自動販売機事業)への寄付金の用途を決める「ゆめちょ総選挙2014」の当選事業として助成を受けている。
プロジェクトは、障がい者の雇用創出、工賃向上、障がいの有無にかかわらず生きがいを生み出していくことを目的に、全国の福祉事業所でチョコレートの商品企画、開発、販売に取り組むもの。2016年に豊橋本店をオープンさせた久遠チョコレートは、世界30か国のカカオを使い、ココアバター以外の植物油脂を使わないことなどの特徴を打ち出し、急速に売り上げを伸ばした。主力商品の「テリーヌ」は、季節・地域限定品も合わせると150種類以上もある。
現在では全国に40店舗、57拠点を展開し、年商は16億円。570人の従業員のうち、308名が障害者手帳を所持しているが、最低賃金の減額特例を受けない賃金を受けているとする。さらに、子育て中や介護中、シングルペアレント、セクシャルマイノリティ、引きこもりの悩みを抱える若者など、多様な人々の雇用に取り組んでいるという。こうした取り組みが評価され、2018年には第2回ジャパンSDGsアワードの副本部長賞(内閣官房長官)も受賞した。
誰一人取り残したくない
取り組みの特徴として、働く一人ひとりの力を見極め、活かしている点が挙げられる。野口氏は言う。「トップショコラティエなら、いろんなことが一人でできないといけない。でも、欲張らないで一人が一つ、プロになればいい」。そこで、チョコレートを作る工程を細かく分けてみた。たとえば、材料の温度を適切に調節して安定した結晶状態を作るテンパリングにはこだわりと集中力が必要。また、フルーツのカットやラッピングには、手先が器用であること。そうした工程ごとにさまざまに求められる力に、それぞれのスタッフの特性をマッチさせて、一人一工程ずつ受け持つ分業体制を確立させた。
本作を観て、プロジェクトの原動力は夏目氏の、社会の不平等に対する怒りではないかと筆者には映った。大学生時代、バリアフリー建築を学ぶ過程で、障がい者の全国平均月収が1万円以下という現実に驚いた夏目氏は、そのことは非難するだけではなく“自分ごと”にしないとだめだと、愛知県豊橋市の商店街に「花園パン工房ラ・バルカ」を開業した。そのとき、障がい者3名を含む従業員6名全員に最低賃金を上回る賃金を保証した。20年前のその時点から本作の鈴木祐司監督の取材は始まっていて、映像も残っている。こうした長期にわたる取材の継続性が、作品に厚みと説得力を与えている。
また、夏目氏のこれまでの取り組みのすべてが順調だったかというとそうではないとういうことも、映像は映し出している。最初に手がけたパンの製造販売は、手間がかかる割に利益は薄く、しかも、その日のうちに売り切らなければ廃棄になってしまう。夏目氏は自分の給料を出さないことにするなどしたが、経営は悪化する一方。そんな中、ある指定難病を抱えた障がい者の女性とスタッフのチームワーク維持との折り合いがつけられなくなり、辞めてもらう選択を取らざるを得ないという状況に陥る。母親に連れられて商店街を去っていくその女性の後ろ姿。誰一人取り残さない共生社会を実現する理想を掲げた夏目氏にとって、初めての挫折だった。
その後、夏目氏はチョコレートと出会って障がい者雇用の新しいモデルを作り上げ、業績も回復するのだが、17年後、全く別のシチュエーションでこの女性の後ろ姿が繰り返されるのは、現在においても、取り残されてしまう人々がいることの暗喩のように見えた。
また、テリーヌ6個入り1万箱の大口注文が入ったときは、全体の進捗を把握しているスタッフがいなかったために、納品前日になってパニック状態になる。業務の必要に応じたキャリア採用をしてこなかった弊害が出た形である。しかし、こうした不都合なシーンも隠すことなく伝えることは、久遠チョコレートの宣伝ではない公平な視点と、久遠チョコレートに続く志を持つ人たちに対しての教訓の意義があるように感じた。
温めればやり直せる
「チョコレートは優しい食材。温めれば、何度だって、やり直せる」
本作のキャッチコピーである。
2021年6月、夏目氏はチョコレートに混ぜるお茶やフルーツを加工する「パウダーラボ」を新設した。「久遠チョコレートは軽度障がい者だけでやっている」という陰口を払拭すべく、これまで外注していた作業を重度障がい者に任せようという新たなチャレンジである。
この職場では1日5時間勤務で時給450円、月給は約5万円と、最低賃金には届かないが、従来の多くの重度障がい者の賃金の水準からは大きな前進だという。
この職場では、パン屋のときの失敗を繰り返さないためにさまざまな工夫をする。それは、人が環境に合わせるのではなく、環境が人に合わせるという発想を転換だ。詳細は作品を見ていただきたいが、たとえば、茶葉の石臼挽きで粉まみれになってしまうダウン症のスタッフがいたらどうするか、チック症の発作で地団駄を踏んでしまうスタッフがいたらどうするか等の解決策には目から鱗が落ちる思いだ。
みんな凸凹あっていい
2020年12月、大阪の歓楽街・北新地に久遠チョコレートが出店した。座って客の酒の相手をして日給数万円稼げるクラブがある一方、その近くには路上生活者が暮らすエリアもある。不平等の縮図のようなこの街で、夏目氏は徹底的に稼いで、その売り上げで子ども食堂を作りたいと語る。
北新地店の限定メニュー「マダムチョコバナナ」は、大阪名物二度付け御免の串カツにヒントを得た一品。生のバナナに二種類のチョコチップを衣のようにトッピングし、カップに入ったチョコディップを付けて食べる新感覚スイーツである。チョコディップのマーブル模様が、事情も収入も暮らし方も多様な社会を象徴しているかのようだ。そういえば、久遠チョコレートのパッケージに描かれている凸凹は、「みんな凸凹違っていい、みんな凸凹あっていい」という思いが込められているという。主力商品のテリーヌも、色、形、味それぞれに個性があり、多様性を表しているように見える。
【チョコレートな人々】
- 公式サイト
- https://tokaidoc.com/choco/
- 作品基本データ
- 製作国:日本
- 製作年:2022年
- 公開年月日:2023年1月2日
- 上映時間:102分
- 製作会社:東海テレビ
- 配給:東海テレビ(配給協力:東風)
- カラー/サイズ:カラー/16:9
- スタッフ
- 監督:鈴木祐司
- プロデューサー:阿武野勝彦
- 撮影:中根芳樹、板谷達男
- 音声:横山勝
- 音楽:本多俊之
- 音楽プロデューサー:岡田こずえ
- 音響効果:久保田吉根、宿野祐
- 編集:奥田繁
- キャスト
- ナレーション:宮本信子
(参考文献:KINENOTE)