食事と描き出した二十四節気

[294] 「土を喰らう十二カ月」の精進料理

今回取り上げる「土を喰らう十二カ月」は、「五番町夕霧楼」(1963)、「飢餓海峡」(1963)等で知られる小説家、水上勉のエッセー「土を喰う日々 ―わが精進十二カ月―」(1978)を、中江裕司が現代の信州に置き換えて脚本化し、監督した新作映画である。

 本作の主役とも言える四季折々の料理は、「きょうの料理」(NHK Eテレ)、「おかずのクッキング」(テレビ朝日系、2022年3月で終了)等のTV番組でお馴染みの料理研究家、土井善晴(土井勝の次男)によるもの。土井は初の映画参加となった。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

中江監督の沖縄と信州。水上の「雁の寺」

 筆者は、本作を観る前に疑問に思っていた点がいくつかあった。まず、なぜ40年以上前のエッセーを現代の信州に蘇らせたのかということ。原案では、大正生まれの水上勉が、昭和初期の少年時代に口減らしのために京都の禅寺に小僧に出され、そこで精進料理を習ったという記述がある。これを現代に置き換えると、沢田研二演じる小説家のツトムは60代という設定なので、高度経済成長期以降に小僧に出されたということになる。これは無理があるのではないか。また、女性誌でツトムを担当する編集者で、恋人でもあるという設定の真知子(松たか子)が、ツトムと父娘ほどの年齢差があることも気になっていた。

 これらの疑問を解く鍵は、中江監督のこれまでの作品にある。「ナビィの恋」(1999)、「ホテル・ハイビスカス」(2002)等、主に沖縄を舞台にした作品を発表してきた中江監督は、ウチナー(沖縄)と内地(本土)、田舎と都会、老いと若さ、死と生等を対比させて描いてきた。また、時が止まったかのような、沖縄の不思議な世界を描いたこともあった。

 本作の冒頭、大友良英の作曲・演奏によるフリージャズにのって、真知子が東京から車を走らせ、ツトムのもとへと向かう。一方のツトムは、亡き妻の故郷である信州の山荘の前に畑を作り、胡麻や野菜を育てながら、自給自足の静かな生活を送っている。この対比は、中江監督のこれまでの作品と同様である。「ナビィの恋」と「ホテル・ハイビスカス」の両作に出演し、今作ではツトムの義妹、美香を演じた西田尚美の存在が、そう感じさせる。

 また、この冒頭シーンで筆者が想起したのは、水上の自伝的小説『雁の寺』を原作に「幕末太陽傳」(1957、本連載第168回参照)の川島雄三が監督した「雁の寺」(1962)のラストシーンだった。京都の禅寺を舞台に、白黒画面で展開する、住職(三島雅夫)、その愛人(若尾文子)、小僧(高見國一)の三者による陰惨なミステリーの後、突如として画面がカラーに変わり、デキシーランドジャズが流れる中、雁の襖絵によって観光名所と化した禅寺に、外国人観光客が押し寄せるというラストシーンの衝撃が、まざまざと蘇ってきた。

 本作は原案の十二カ月を、さらに細かく二十四節気に分けて章立てした構成。その中の小暑(7月初旬)の頃、ツトムが小僧の頃にお世話になった和尚と「だいこくさん」(内縁の妻)の間に生まれた娘、文子(檀ふみ)が訪ねてくるというエピソードがある。赤梅酢に砂糖と氷水を混ぜた梅ジュースを囲み、思い出話に花を咲かせる場面で、筆者の脳裏に浮かぶだいこくさんのイメージは、物語は異なるが艶めかしくも美しい若尾文子なのであった。

一汁一菜にたどり着いた土井の料理

作品中に登場する冬至の料理。ふろふき大根と大根葉の炒め物、梅干し、味噌だけの味噌汁、ごはん。
作品中に登場する冬至の料理。ふろふき大根と大根葉の炒め物、梅干し、味噌だけの味噌汁、ごはん。

 本題の料理の話に移る。立春(2月初旬)の小芋の網焼きに始まり、冬至(12月初旬)の味噌だけの味噌汁まで、二十四節気の旬の食材を用いた、目も心も満たしてくれる料理の数々が映し出される。小芋の皮は全部剝かずに土の香りを残すところが、禅寺で精進料理を学んだツトム流。曹洞宗の開祖、道元が記した『典座教訓』の精神に則ったものだ。寺から脱走して小説家になったツトムだが、小僧の頃に身についた教えはしっかりと守っているところが、憎しみ一辺倒で料理シーンなどない「雁の寺」と異なる部分である。

 これらの料理を具現化した土井善晴は、少年時代から父、土井勝の仕事に興味を持ち、スイスとフランスに留学してフランス料理を学び、帰国後は大阪の「味吉兆」で修業した経歴を持つ和洋に通じた料理人であるが、父の料理学校や料理番組で家庭料理を手がけるうちに、ハレではないケの料理に目覚め、ついにはごはんと味噌汁の一汁一菜でよいという境地にたどり着いた。これは精進料理の精神にも通じるもので、題材にマッチした料理を生み出している。

 料理作りに当たっては、中江監督と土井が、料理の一つずつについて、何を作るか、どう作るかを話し合い、脚本に反映。土井のスタジオで料理のリハーサルを撮影し、それを見た中江監督が、本番で料理のどの工程を撮影するか決めるという手順で作られている。劇中の料理の多くは、土井の指導の下、沢田が実際に作っている。

 器は、全国を巡って探すほどの凝りようで、小満(5月下旬)のシーンで、新筍を盛った砥部焼とべやきの大皿は、土井の私物である。

 食材は、ロケ地になった白馬の山荘の畑を撮影前に開墾。助監督がほうれん草、大根、紫蘇、胡麻、茄子、きゅうり、夕顔等を実際に栽培したものを使っている。それもあって本作の撮影期間は、最近の日本映画としては異例の1年6カ月を要している。

参考文献


【土を喰らう十二ヵ月】

公式サイト
https://tsuchiwokurau12.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2022年
公開年月日:2022年11月11日
上映時間:111分
製作会社:『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
配給:日活
カラー/サイズ:カラー/ヨーロピアン・ビスタ(1:1.66)
スタッフ
監督・脚本:中江裕司
原案:水上勉
音楽:大友良英
料理:土井善晴
キャスト
ツトム:沢田研二
真知子:松たか子
美香:西田尚美
隆:尾美としのり
写真屋:瀧川鯉八
文子:檀ふみ
大工:火野正平
チエ:奈良岡朋子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。