時をかけるドリンク/味噌味も

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日常とは異なる時間の跳躍や繰り返しを扱った興味深い邦画2作品、「四畳半タイムマシンブルース」と「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」が公開されている。

イギリスの作家、H・G・ウェルズが、1895年にSF小説「タイム・マシン」を発表して以来、タイムトラベルをはじめとする“時間”を題材とした物語は、小説、演劇、映画等の各分野で繰り返し語り直され、工夫と洗練を重ねてきた。今回紹介する作品にはどんな新機軸があるだろうか。もちろん、キーアイテムとしての飲食物に焦点を当てて紹介していく。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

「四畳半タイムマシンブルース」の飲み物

「四畳半タイムマシンブルース」より。クーラーのリモコンにコーラがこぼれて操作不能になったことが、騒動の発端となる。
「四畳半タイムマシンブルース」より。クーラーのリモコンにコーラがこぼれて操作不能になったことが、騒動の発端となる。

「四畳半タイムマシンブルース」は、劇団ヨーロッパ企画の主宰者、上田誠の戯曲(2001年初演)で、2005年に実写映画化された「サマータイムマシン・ブルース」が原作原案。作家の森見登美彦が、「サマータイムマシン・ブルース」のストーリーを、自らの小説「四畳半神話体系」の登場人物と舞台に置き換えた小説を原作としたアニメーション映画である。

 京都を舞台に、昨日と今日を行き来するタイムトラベルで生じる騒動の発端となったのは、主人公の大学3回生(3年生)「私」(声:浅沼晋太郎)の起居する四畳半下宿「下鴨幽水荘」のクーラーのリモコンに、飲みかけのペットボトル入りコーラがこぼれ、操作不能になったことであった。突然タイムマシンを手に入れた登場人物たちは、昨日に戻って故障する前のリモコンを手に入れようとするが、それがタイムパラドックスを発生させることに気づき、辻褄を合わせようと奔走する。

 ストーリーは、「サマータイムマシン・ブルース」をそのまま受け継いでいるが、クセモノぞろいの「四畳半神話体系」の登場人物たちが、京都大学吉田寮をモデルにしたという下鴨幽水荘等、歴史情緒豊かな京都の街を舞台に演じることで、より魅力的な作品に仕上がっている。本作と世界観を同じくする「四畳半神話体系」のアニメ化の際に、上田誠がシリーズ構成と脚本で関わっていることも、原案原作と親和性が高い一因と思われる。

 クーラーを失った下鴨幽水荘で、「私」の悪友、小津(声:吉野裕行)が“病気のガマガエルが泥水をすするように”飲む麦茶、そこに訪ねてきた後輩の明石さん(声:坂本真綾)が持っているラムネの瓶、昨日下鴨幽水荘で行われた、明石さんが監督を務めるポンコツ学生映画「幕末軟弱者列伝 サムライウォーズ」のロケに、歯科衛生士の羽貫さん(声:甲斐田裕子)が差し入れる生温かいサイダー等の飲料が、灼熱の京都の夏を強調するのに一役買っている。

 本作は「サマータイムマシン・ブルース」同様、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」トリロジー(本連載第143回参照)の影響を受けている。キーマンは25年後の未来からタイムマシンに乗ってやってきた田村くんで、声を演じるのは本田力。ヨーロッパ企画のメンバーで、「サマータイムマシン・ブルース」の舞台と映画でも田村くんを演じている。田村くんを25年前の過去に送り込む下鴨幽水荘タイムマシン製作委員会の面々は、上田誠を始めとするヨーロッパ企画のメンバーがモデルで、声の出演も果たしている。

 ところで、映画好きであればどうしても気になるのが小津のネーミングの由来。残念ながら「東京物語」(1953、本連載第179回参照)の監督とは関係なさそうだが、監督が初期のサイレント時代に量産した「学生ロマンス 若き日」(1928)や、「落第はしたけれど」(1929、本連載第57回参照)といった学生喜劇に、「私」と小津と明石さんの物語を重ねてしまうのは筆者だけだろうか。

「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」の味噌汁炭酸タブレット

「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」は、小さな広告代理店が、同じ1週間を繰り返すタイプループに見舞われる現象を描いたコメディである。

 金曜の夜に、新商品広告のプレゼン5案を、月曜の朝に提出せよという、元請け会社の“無茶振り”によって、土日出勤と徹夜を余儀なくされた広告代理店の社員たち。その業界ではありがちな月曜朝の風景だが、若手社員の村田(三河悠冴)と遠藤(長村航希)は、ガラス窓に激突する鳩をきっかけに、先週も同じことを繰り返していたと気づく。

 このタイムループを抜けるにはどうしたらよいか。まずは原因の特定。現代の科学ではタイムループは起きないとされているので、答えはフィクションに求めるしかない。映画オタクの村田は、「恋はデジャ・ブ」(1993)、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(2014)、「ハッピー・デス・デイ」(2017)等、タイムループを題材とした映画を分析。タイムループを引き起こしている原因は、オフィスの長である永久部長(マキタスポーツ)にあるという仮定にたどり着く。

 次にやるべきは、他の社員にタイムループの中にいることを気づかせること。いきなり部長に言っても、信じてもらえないことは目に見えている。そこで村田と遠藤が利用したのが、会社の上申制度。村田と遠藤は、彼らの上司である本作の主人公・吉川(円井わん)に、吉川は彼女の上司・森山(八木光太郎)に、森山は彼の上司・平(高野春樹)に、それぞれタイムリープを気づかせるという、恐ろしく回りくどい日本企業的システムを経て、やっと永久部長の説得にまでこぎつけるのだが……。

 このタイムループの中で、吉川が元請けである木本事務所の崎野(池田良)から、繰り返し修正を求められている広告プレゼン案の新商品が、「味噌汁炭酸タブレット」である。味噌味のタブレット(しかもシュワシュワ付き)というユニークすぎる新商品をいかに売り込むか、広告代理店の腕の見せどころである。しかし、社内ブレストで出たキャッチコピーはいま一つ。外注先に依頼した映像資料2件は人手不足のせいで迷走気味——1件はアルバイト学生作の呪いのビデオ風、もう1件は引退した元社長作の昭和アーカイブ映像風のものが上がってきてしまうのだが……。

 タイムループに気づいていながら、タイムループを止められない間は、悪いことばかりではなくメリットもある、一つは仕事を何度でもやり直せることであり、味噌汁炭酸タブレットの広告プレゼンのクオリティと、作業の効率性はどんどん上がっていく。実は吉川は、憧れの存在である木本貴子(しゅはまはるみ)が社長を務める木本事務所から転職しないかと誘われており、このタイムループを利用して、味噌汁炭酸タブレットの広告プレゼンで最高の成果を上げ転職しようとする。タイムループ脱出が最優先の他の社員とは異なるこの思惑が生む不協和音が、ドラマのスパイスとなっている。もう一つは、次に起こることを完璧に予測できることで、部長を説得するためのスライドショーのプレゼンは抱腹絶倒のシーンになっている。

 本作の監督である竹林亮は、劇場用長編第1作「14歳の栞」(2021)では、とある中学校の2年6組の35人全員に密着し、それぞれの物語を紐解いていくという斬新なドキュメンタリー手法で評判を呼んだ。そして2作目となる本作では、1作目とはまったく異なる表現で、タイムループものというマンネリ化しつつあったジャンルに新境地を切り拓いてみせた。恐るべき才能である。次回作が楽しみなクリエーターが、また一人日本映画界に加わったと言えよう。


【四畳半タイムマシンブルース】

公式サイト
https://yojohan-timemachine.asmik-ace.co.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2022年
公開年月日:2022年9月30日
上映時間:93分
製作会社:「四畳半タイムマシンブルース」製作委員会(アニメーション制作:サイエンスSARU)
配給:KADOKAWA、アスミック・エース
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:夏目真悟
演出:夏目真悟、山代風我、モコちゃん、竹内雅人、木村拓、横山彰利
脚本、原作原案:上田誠
原作:森見登美彦
キャラクター原案:中村佑介
キャラクターデザイン:伊東伸高、西垣庄子
作画監督:伊奈透光、名倉靖博、前場健次、石山正彦、吉原拓也、堀江由美
撮影監督:伊藤ひかり、関谷能弘
美術監督:赤井文尚
音楽:大島ミチル
主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION
音響監督:木村絵理子
録音:太田泰明
音響効果:中野勝博
音響制作:東北新社
編集:齋藤朱里
副監督:山代風我
色彩設計:中村絢都
キャスト(声の出演)
「私」:浅沼晋太郎
明石さん:坂本真綾
小津:吉野裕行
樋口師匠:中井和哉
城ヶ崎先輩:諏訪部順一
羽貫さん:甲斐田裕子
相島先輩:佐藤せつじ
田村くん:本多力

(参考文献:KINENOTE)


【MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない】

公式サイト
https://mondays-cinema.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2022年
公開年月日:2022年10月14日
上映時間:82分
製作会社:CHOCOLATE Inc.
配給:PARCO
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:竹林亮
脚本:夏生さえり、竹林亮
STORY:TAKE C
企画:夏生さえり、竹林亮、ぶんけい
プロデューサー:野呂大介、福田文香
撮影:幸前達之
美術:三枝晃子、岡崎アミ
音楽:大木嵩雄
主題歌:lyrical school
録音:大高真吾
音響効果:西川良
照明:久保田圭
編集:小林譲、竹林亮
衣装:飯間千裕
ヘアメイク:MARI
カラリスト:平田藍
キャスティングディレクター:嶽崎愛里
助監督:徳山武昇
記録:山室佳代、唐崎眞理子
劇中漫画:やじまり
キャスト
吉川朱海:円井わん
永久茂:マキタスポーツ
遠藤拓人:長村航希
村田賢:三河悠冴
森山宗太郎:八木光太郎
平一郎:高野春樹
神田川聖子:島田桃依
崎野雄大:池田良
木本貴子:しゅはまはるみ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。