市民革命と美食革命の同時進行

[287] 「デリシュ!」から

筆者のような庶民にとって、フランス料理のレストランは数ある飲食店の中でも憧れの存在である。そのフレンチレストランはいつ頃から始まり、どうやって現在のような形になったのか。現在公開中の「デリシュ!」は、そうした興味に答えてくれる一本である。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

贅を尽くした宮廷料理。否定された創作料理

本作のキーフードとなるマンスロンの創作料理「デリシュ」。これに使った食材が彼の運命を変えていくことになる。
本作のキーフードとなるマンスロンの創作料理「デリシュ」。これに使った食材が彼の運命を変えていくことになる。

 時は1789年、フランス革命の年。物語は革命の勃発以前から始まる。

 この頃、フランス料理は「オートキュイジーヌ」(haute cuisine /高級料理)としてすでに発展を遂げていたが、それは王侯貴族のためだけの宮廷料理であった。本作の主人公、マンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)は、シャンフォール公爵(バンジャマン・ラベルネ)の厨房で料理長を務めていた。

 ある日、公爵が有力貴族や司祭を招き、食事会を開く。マンスロンは腕を振るい、鳩や七面鳥のロースト、ウズラの開き、ザリガニのパイ、キュウリウオのブリオッシュなど渾身の技を尽くした料理を提供した。

 映像として、食事会での40品に及ぶ宮廷料理の数々は豪華絢爛なもので、料理監修を担当したティエリー・シャリエとジャン=シャルル・カルマンの腕の見せどころとなっている。

 だが、マンスロンが食事の部屋に呼び出されて貴族たちの講評を受ける場面で、司教が唯一酷評したのが、マンスロンの創作料理「デリシュ」(おいしい)だった。その理由は、ある種の食材にまつわる当時の社会的な意味づけと不当な扱いにあった。

 直前までマンスロンの料理をほめていた貴族たちだが、司教の言葉で風向きが変わり、彼らは手の平返しで口々にマンスロンの料理をけなし始める。公爵も、指示したもの以外を作ったと激怒し「詫びるのだ」と命じるが、謝罪を拒否したマンスロンは解雇されてしまう。

あらゆる人のために

 実家である旅籠兼駅馬車中継所に戻ったマンスロン。打ちひしがれる一方、宮廷料理人の地位に未練も残していて、ここでは料理はしないと心に決めていた。そんな彼の前に、ルイーズ(イザベル・カレ)という謎めいた女性が現れ、弟子入りを志願。マンスロンは断ったが、ついに根負けして料理を教え始める。

 折りしも、マンスロンにあるオファーが舞い込む。料理への情熱を取り戻し、再び腕を振るうマンスロン。しかし、その思いは見事に裏切られ、心身共に深い傷を負う。

 マンスロンが目を覚ますと、状況は一変していた。ルイーズとマンスロンの息子バンジャマン(ロレンゾ・ルフェーブル)の努力によって、マンスロンは、貴族だけでなくあらゆる人に料理を楽しむ“資格”があると知る。

 この物語に先立つこと1782年、プロヴァンス伯爵(後のルイ18世)に仕えた料理人、アントワーヌ・ボーヴィリエが、パリに「グランド・タヴェルヌ・ド・ロンドル」という店を構えていた。最高級の内装、食器類、サービスが提供され、客はそれぞれのテーブルにつき、メニューを見て好きな料理を注文する。このスタイルは、現在のレストランの先駆けである。しかし、あくまで富裕層のための店であった。

 一方のマンスロンは実家を改装。庶民のためのレストラン「デリシュ」をオープンする。これはレストランの始まりの物語であると共に、何者にも縛られない料理人へと変貌を遂げる、マンスロンの成長物語にもなっている。

 またレストラン開業の過程で、ルイーズが考案した現代ではお馴染みのある食べ物が出てくるのにも注目だ。

復讐劇と革命がリンク

 当時、フランスの旅籠では、簡単な食事しか提供していなかったので、本格的な料理を堪能できるマンスロンの店は評判となり、旅の途中で遠回りしてでも来店する客が続出した。そんな中、レストランのオープンに尽力してくれたルイーズが突然姿を消す。これは、ルイーズの過去に絡んだ出来事であった。

 ルイーズを失ったマンスロンのモチベーション低下と比例するように、店の売り上げも減少。一計を案じたマンスロンは、かつての主人である公爵を訪ね、自分の店に招待する。かくして、復讐劇の幕が上がる……。

 面白いのは、物語の進行につれて、革命に向けての機運が盛り上がっていく過程が、背景として綿密に描かれていること。これがレストランの始まりの物語、貴族への復讐劇と絶妙にリンクし、クライマックスのシーンを盛り上げている。

宮廷料理の終わりとレストラン文化の始まり

 映画のラストシーンの数日後、フランス革命の始まりとなった7月14日のバスティーユ牢獄の襲撃が起きた。アンシャン・レジームが崩壊し、王侯貴族に雇われていた料理人たちは皆失業の憂き目に遭う。料理人たちは、それぞれが自分のキャリアを生かし、万人のためのレストランを開業。これにより、それまで王侯貴族など一部の富裕層のみの楽しみだった美食の追求がより広く市民に解放され、フランス社会に新しいレストラン文化が花開くことになる。これこそが、フランス革命と共に訪れた“食の革命”である。


【デリシュ!】

公式サイト
https://delicieux.ayapro.ne.jp/
作品基本データ
原題:DÉLICIEUX
製作国:フランス、ベルギー
製作年:2020年
公開年月日:2022年9月2日
上映時間:112分
製作会社:Nord-Ouest Films, SND Groupe M6, Auvergne-Rhone-Alpes Cinema, Artemis Productions
配給:彩プロ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:エリック・ベナール
脚本:エリック・ベナール、ニコラ・ブークリエフ
エグゼクティブプロデューサー:エーヴ・フランソワ=マシュエル
プロデューサー:クリストフ・ロシニョン、フィリップ・ボエファール
共同プロデューサー:パトリック・キネ
撮影:ジャン=マリー・ドルージュ
美術:ベルトラン・ザイ
音楽:クリストフ・ジュリアン
録音:ドミニク・ラクール
整音:ファビアン・デヴィレール
編集:リディア・デコベール
衣裳:マデリーン・フォンテーヌ
音声編集:アレクサンドル・フルーラン
キャスティング:ダビッド・ベルトラン
料理監修:ティエリー・シャリエ、ジャン=シャルル・カルマン
キャスト
ピエール・マンスロン:グレゴリー・ガドゥボワ
ルイーズ:イザベル・カレ
バンジャマン:ロレンゾ・ルフェーブル
シャンフォール公爵:バンジャマン・ラベルネ
イアサント執事:ギヨーム・ドゥ・トンケデック

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。