ついに今年も桜が咲き始めました。桜の下を歩いているとボーっとしませんか? あのピンク色の花の視覚効果もありますが、「桜は“酩酊物質”をほんの少し分泌している」なんていう話も聞きます。真偽のほどはわかりませんが、確かに桜には、頭をボーっとさせる働きがあるようで……。年々好きになってきます。これも年を取ったせいなのでしょうか。自転車通勤をしていると、夜桜もあちこちで見ることができて、飽きません。もう少ししたら散る、とわかっているからこそ、思う存分愛でたくなります。
とんかつの魔力・とんかつの道
春になって始まった新しいプロジェクトに忙殺されて、昼飯を食べ損ねた。仕事もひと段落した午後8時。またまたガツッと食べたくなった頭に上がってきたのが「とんかつ!」。一度イメージしてしまうと食いたい欲求が止まらないのがとんかつの魔力なんだろうと思う。あのカリカリの衣にソースをたっぷりかけまわして一気に食べるとんかつ……。
味噌汁は絶対に豚汁じゃなきゃいけないし、漬物は糠漬けか浅漬け。肝心なのは、ほそーく、山盛りに盛られたキャベツのせん切りがあって、それととんかつとの組み合わせが生み出す妙味。
実は、「とんかつ屋でとんかつを食べる」という行為は、高校時代に初めて体験したもの。友人が「とんかつっていうのはこうして食べるんだ」とキャベツやライスをおかわりしながらワシワシとうまそうにとんかつを食べたのがずっと頭に残っていた。それ以来、キャベツはおかわりするもの、ご飯もおかわりするもの、と刷り込まれている気がする。
二枚目店主&スタイリッシュな店内
最近の自分のお気に入りは高田馬場の「成蔵」さん。一昨年8月にオープンして以来、瞬く間にファンを獲得して、高田馬場屈指の名店に躍り出た。平日は21時ラストオーダーというゆったりめの時間設定もうれしいお店だ。
こちらの特徴は、第一に、とんかつ屋らしからぬ、シンプルでスタイリッシュともいえる店内の様子。一見、新しい洋食屋かビストロのような雰囲気。ご主人の三谷成蔵さん(41)もご覧の通りのさっぱりした二枚目で、およそとんかつ屋っぽい雰囲気はないが、この内装やコンセプトは、デザインリフォームで最近有名な椎葉京子さんが奥さんの知り合いということで手掛けてくれたおかげらしい。とてもおしゃれで、女性客が一人で入って来ても違和感のない設えになっている。ちなみに、店名の「成蔵」(なりくら)はご主人のお名前(せいぞうさん)を読み替えたものであることはお察しのとおり。
ロース一本勝負に向かえないのにはわけがある
もちろん、こちらのお店の魅力は、やっぱりその素晴らしい味にある。
新橋の「燕楽」で修業されたご主人、開店当初から熱伝導率の高い銅鍋で、じっくり揚げる方法をとってきた。最近は、フライヤーを使う店も多いと言うが、銅鍋は火の入り方が違うんだそうな。
そんなご主人の揚げるとんかつ、地下のお店に入ってメニューを見るたび、悩みに悩む。なじみ客やとんかつ好きは、「ロースかつ定食」(1300円)や「特ロースかつ定食」(1800円)に行き、半分はソースで、そして半分は、甘みを感じさせるパキスタン産の岩塩で食べる、と言う。きっとものすごーくおいしいだろうし、現に食べている人を見ると、ほんとうにおいしそうに食べている。
それなのに、ああ、それなのに! 欲張りな自分は、エビフライとアジフライとヒレカツがセットになった「ミックスかつ定食」(1900円)を、どうしても頼んでしまうのである。
だってね、こちらのエビフライはザクっと豪快にいっちゃえるほど豪勢だし、アジフライも、どうしても外せないくらい素晴らしいし……という思いがぐるぐるして、ロースカツ一本勝負には向かえずにいるのである。
で、今回も、ミックスフライ定食を頼みましたね。この選択、間違ってなかった!
待つ間も楽しい。自分は、いつもカウンターに陣取るんだけど、ご主人がじっくり、真剣に揚げているのを見ていると、ワクワクしちゃうもの。
美しい彩りの盛り付け
で、入店が遅い時間だったこともあって、注文してほどなくやってきたのがこちら!
もうね、美しいでしょ。
あ、こちらの特徴、もう一つは、盛り付けの美しさにあります。初めてこちらのお店を訪れたとき、とんかつで初めて、お膳の上が美しい! と感服した。
豚汁の穏やかな茶色、漬物のピンクの小鉢、ご飯の白、そして、鮮やかなキャベツの緑。そして明るく上がったカツの黄色とフルーツのオレンジの配色が、まぁ、きれいで、美しくて。
しばらくお膳を拝見しながら、うっとりしちゃったものね。
じっくりお膳の色味を拝見した後は、手元に引き寄せてもう一度、鑑賞。ご飯と豚汁とオレンジと漬物のピンクとキャベツの緑とカツの鮮やかな黄色。まぁ、素晴らしき眺め。こうなるとお点前みたいにも思えちゃう。実際、頭をさげて「謹んで頂戴いたします」なんて言いたくなっちゃうほど。
この盛り付けの配色もご主人の工夫がある。「燕楽」の後に勤められた新橋の名店「久」(きゅう)で盛り付けや配色の大切さを身に付けたからこそ、のことだとか。ありがたいことである。
じらしまくる私
さて、いよいよ、実際に食べ始めることにしよう。
まず、最初の一口は、「トン汁」。
こちらの「トン汁」は赤みそが効いていて、それでいて優しい。ダイコンやゴボウやニンジンなど具だくさんなのもうれしくなるところ。これを一口すすって、お口の中を臨戦態勢にするね。
そこから、おもむろに、ソースの瓶をつかむ。
高校時代以来、キャベツもソース派。たっぷりと、しっかりと、カツとキャベツにソースをかけまわす。
今回は、エビにもソースを。もちろん、気分や日によっては、エビに用意されたタルタルソースで食べるのも楽しいのだが、今回は、ソースをたっぷりと堪能したかったので。
まんべんなくかけまわしたところで、おもむろにキャベツをワシっと箸でつかみ、おもむろに口へ運ぶ。
お口いっぱいになった新鮮なキャベツのせん切りとソースが渾然一体となってワシャワシャと咀嚼されていく。お口にしあわせの第一弾の投入ですな。そこでまずご飯を一口。
そして、そこからまた豚汁へ行く。軽く豚汁の味をあじわったあと、そこからいくのが、アジフライ!
「成蔵」さんのアジフライは、表面がカリカリでありながら、内側はやさしくふわふわの絶品。これだけでもご飯何杯でもいけそうな絶品メニューだ。その味を確かめつつつ、ご飯→そしてまたキャベツ→ご飯と行くね。
そして、いよいよメインのうちの一つ、エビフライへ。ソースをたっぷりまとっても、その衣のカリカリはまだ損なわれない。
おもむろに、ガシッとほおばって、ブリブリのエビの身を噛み切るうれしさ! お口の中でたっぷりのエビをわしゃわしゃいいながら咀嚼してご飯を食べ進む! 何杯でも食べられそうなくらいうれしい。
その後、また豚汁を少しすすってキャベツをガツッと箸で持ってきて、ソースとキャベツの味を堪能! そして……いよいよヒレカツへ!
濃厚なソースとカリ・フワの衣をまとった極上のお肉。もったいない! と思いつつも、しっかり噛み切って。あふれる肉汁と衣とソースが渾然一体となって、天国へ連れて行かれそうになる! 昇天しそうになる気持ちを地上に留めるために、ご飯をお口へ放り込むわけだ。このヒレカツとご飯の相性のよさと言ったら……! 涙が出そうになるくらいうれしい。
キャベツと漬物あればこそのカツ没入
うれしさを全身で感じつつ食べ進めると、あっという間になくなるのが、キャベツ。
ここでキャベツの追加を頼む。うれしいことに最初のおかわりは無料なのだ。ちなみにキャベツのおかわりとご飯のおかわりを1回ずつしたら、超おなか一杯になって自分はもうアウトになる。だからこそ、こちらの1回目は無料、というサービスがちょうどよく、うれしいのだ。
新鮮なキャベツをまた投入し、カツと豚汁とキャベツとご飯の輪廻にまた帰っていくのだが……ここで忘れちゃならないのが、漬物!
「成蔵」さんの漬物は糠漬けで、ほどよく漬かっていて、これがまたカツと豚汁とキャベツとご飯の輪廻にほどよい刺激を与えてくれる。戦場に吹く一幅の涼風とでもいうべき存在だ。この漬物の気分転換があればこそ、ミックスフライの輪廻の中に、頭の芯まで浸って、堪能することができるのである。
今回は、夜遅い、ということもあって、おかわりはご飯半分。気休めかもしれないが、これでも、健康に気を使っているのである。
とことんカツと豚汁とキャベツとご飯を堪能して、終了。実にすばらしい食事になった。
大満足して「成蔵」の階段を上がると、外には満月に近い月。桜と共に自分を祝福してくれているようだった。
満足!
●「成蔵」(なりくら)
東京都新宿区高田馬場1-32-11 小澤ビル地下1F
Tel.03-6380-3823
営業時間:11:00~14:00、17:30~22:00(L.O.21:00)
定休日:日曜・祝日
Twitter:@narikura_1010