前回に続いて、FOODEX 2014で筆者が注目したスピリッツとリキュールについて報告する。
カシャーサは高級化へ
南の国のスピリッツが熱い趨勢はここ数年のFOODEXですっかり定着した感があるので、もう1カ国、今回元気だった暑い国の酒を紹介しておきたい。
ブラジルの酒、ピンガとカシャーサの違いは、メキシコのテキーラとメスカルの違いとはいく分様相が異なる。ピンガのブランド名として海外でもよく知られている「アルマジロ」(中南米から南米にかけて生息する小動物の名から)や「51」(ポルトガル語で「シンクエンタ・エ・ウン」。名前は出来がよかった樽の番号に由来)は普及品がメインなのに対し、輸出用に関して言えばカシャーサの方が高級志向を強めているようだ。今回FOODEXに出ていた「ウェーバーハウス」ブランドのカシャーサがまさにそうで、最高級品は現地価格で1万円を超えるという。
ウェーバーハウス社のカシャーサは信濃屋で一部取り扱いが始まっており、なかでも洋酒の熟成に一般に使われるオーク樽ばかりでなく、現地の芳香の強い木であるカブリューバで1年間後熟させてブラジル産の特徴を押し出したものが入手可能なので、商品特性的にも価格的にも(2000円前後)バーでは扱いやすいアイテムだろう。
去年ブースで人気であったペルーのピスコをここに加えた「暑い国の熱いスピリッツたち」が、今年の日本市場で、そして来年のFOODEXでどういう展開をしていくかが注目される。
勢いに乗る中南米と南米のブースを離れると一気に珍しいスピリッツの探索が困難になってくる。そんななかで去年も見かけた愛嬌のある形の瓶が目に入った。
「BAILONI」の“かわいいドイツ”
さて、前回に引き続き出展していたアイテムをいくつか。ボックスボイテル型のミニチュアがかわいいドイツのアプリコット・リキュールメーカー「BAILONI」は前回出展(「バーテンダー諸兄に贈るFOODEX JAPAN 2013洋酒レポート」(1)参照)の透明なシュナップスと茶色のリキュールに加えて、今回は褐色のビターと肌色のクリームリキュールをラインナップに加えてきた。
クリームリキュールの風味は銭湯で見かける「フルーツ牛乳」を思わせる親しみやすいもので、4個セットのギフトなどにすると日本でも売れそうな気がする。ヴルスト(ソーセージ)とビールぐらいでしか“ドイツ”をイメージしない方々も日本には多いので、かの国に日本人が抱く“質実剛健”とは全く別の“かわいいドイツ”という目新しさもありそうだ。
スピリッツ界にキュウリが浸透
前回オーガニックの「プレーリー」ウォッカを出していたアメリカのメーカー、Phillips Distilling Companyが今年出してきたのが、キューカンバつまりキュウリのウォッカだ。昨年はオーガニックのジンとウォッカだったので「なぜ次にキュウリ?」とも思うのだが、実はここ数年、バーでは従来考えられることさえなかったキュウリが注目を集めつつある。
キュウリと洋酒のかかわりはこれまで全くなかったわけではない。古くはPimm’s No.1 Cupというジンベース・リキュールの炭酸割が一部のコアなバーでキュウリの薄切りを添えて供されていた。しかし、この10年ぐらいはバーの棚にPimm’s No.1を見かけることがなかった。
ところが、ここ数年で様相は様変わりしたようだ。積極的な営業活動を展開しているプレミアム・ジン「ヘンドリックス」はあらかじめバラの花の香りと一緒にキュウリのフレーバーが加えているのが特徴で、試飲会などではキュウリの薄切りをグラスに擦りつけてジントニックにして供しているのを見かける。また、最近ではなんとジンの大御所であるゴードンがキュウリのフレーバーを押し出した「クリスプ・キューカンバー」をリリースし、いっとき日本にも並行輸入で入っていた。
ゴードンのものは筆者も試したことがないのだが、今回FOODEXに出展された「プレーリー」ブランドのキュウリ・ウォッカは「お、本当にキュウリだ!」と香りに驚くだけでなく味もすっきりとしている。もともとジントニックのフレーバーとキュウリの相性がいいのはヘンドリックでも証明済みだから、正統派異端系のウォッカトニックとして日本でも需要が見込まれそうだがいかがだろう。
ボヘミア系アブサンは来るのか
今回のFOODEXでは机1個分のささやかなスペースだったにもかかわらず、来場したバーテンダーたちの熱い視線を集めていたのがチェコのゾーンで参考出品されていたアブサンだった。とにかく文字通りの”参考出品”で、サンプリングや試飲はもとより味や製法の説明一つ聞かせてもらえなかった。日本に輸入できるものなのかどうかも未確認とのことなので続報を待ちたい。
というザンネンな報告で済ませるのも癪なので、一般論になるが海外の文献で「ボヘミア系アブサン」と呼ばれるチェコのアブサンについて簡単に書いておきたい。
今から20年近く前、筆者がクレジットカード会員誌にアブサンの話を3回連続で書いた時期はすでにヘルメス(サントリー)のアブサンも販売終了となっており、本家本元のペルノー社が復刻アブサンの販売を再開する前だったから、アブサン的には情報も現物も端境期といっていい状態だった。
そのなかでもごくごく一部の熱狂的なバーでは海外から1本、また1本と珍しいアブサンを買い集めていたのだが、その多くが鮮やかなグリーンのチェコ製アブサンだった。海外ではボヘミア系とも呼ばれるこのアブサンはどことなく硬質なハーブ・リキュールのニュアンスがあり、もう少し突っ込んだ表現をすれば「素っ気ない味」だった。
氷水を入れたストレーナーから冷水を滴下したり、ストローにためた水を一滴ずつ角砂糖に落として飲まれていたスイス・フランス系アブサンと異なり、ボヘミア系アブサンは、スプーンに乗せた角砂糖にアブサンを染みこませて着火し、焦げかけたところを水で消火してグラスに落とすという一風変わった飲み方をするわけだが、ここで本家本元のスイス・フランス系アブサンとの違いが現れる。スイス・フランス系では当然の特徴である「加水による白濁」が、ボヘミア系では生じないのだ。味の善し悪しはともかく、かの印象派の画家や世紀末パリをアブサンのイメージに重ね合わせる日本人にとっては、これは別物と映る。
《つづく》