「の・ようなもの」の食べ物

[170]映画と落語と食事の深い関係(3)

落語を題材にした映画にスポットを当て、食との関わりについて考察するシリーズの3回目は、落語を演じる噺家たちが主役を務める映画と、その中に登場する落語と食事を取り上げていく。

「の・ようなもの」のお好み焼きとハンバーガー

まずは「家族ゲーム」(1983、本連載第14回参照)の森田芳光監督の長編デビュー作「の・ようなもの」。1981年の東京の下町を舞台に、師匠・五代目出船亭志ん扇(入船亭扇橋)のもとで真打ち昇進を目指す志ん魚(伊藤克信)をはじめ、志ん米(尾藤イサオ)、志ん水(でんでん)、志ん肉(小林まさひろ)、志ん菜(大野貴保)ら弟子たちの日常を描いた青春群像劇である。落語「居酒屋」に出てくる小僧のセリフがタイトルの由来となっているほか、古典落語の演目が随所に散りばめられている。

たとえば、誕生日に仲間のカンパで初めて吉原のソープランド(当時は「トルコ風呂」と呼ばれていた)に行った志ん魚が、風俗嬢のエリザベス(秋吉久美子)に気に入られ、その後も2人で高級フランス料理を食べに行ったりする「明烏」を彷彿とさせるラブストーリー。

また、おかみさん(内海好江)の母校である女子高の落語研究会にコーチに行った志ん魚と部員の由美(麻生えりか)の「寿限無」「道具屋」を通じた出会い。

そして、寄席で「寝床」を演じている間にお客が皆寝てしまうという醜態を晒す志ん魚が、由美の父(将棋棋士の芹沢博文)の前で「二十四孝」を披露するものの酷評され、由美にもダメ出しされてしまうシーンなどである。

だが、この映画の白眉は、終電後の深夜に堀切の由美の家を出た志ん魚が自宅を目指して歩き出し、浅草に着く頃には朝になっていたというくだりである。彼は荒川鉄橋を渡り、鐘ヶ淵、向島を通り、ビール工場(現在は黄金のオブジェのアサヒビール関連施設で有名なリバーピア吾妻橋が建つ)のある隅田川にかかる吾妻橋を渡り、仁丹塔(現存せず)、雷門、仲見世、花やしき、国際劇場(現・浅草ビューホテル)と進んで行く。これは、たとえば本連載前々回「運が良けりゃ」の項で取り上げた「黄金餅」の、下谷の山崎町(現・台東区東上野4丁目)から麻布絶口釜無村の木蓮寺(現・港区南麻布2丁目)へ向けて死体を運ぶくだりなどに代表される落語の話法「道中づけ」をなぞったもので、あたかも江戸と1980年代の東京がクロスオーバーするようなシークエンスになっている。

森田監督は志ん魚の兄弟子の志ん米が真打ち昇進を果たしたお祝いのビアガーデンのシーンで、パーティーがお開きになって弟子たちが散りじりに去って行って空舞台になるまでカメラを回し続け、作品の余韻を作り出している。

さて、この映画で志ん扇師匠から最近食べたお好み焼きのことを事細かに聞かれた志ん魚が、なぜそんなことを聞くのかと聞き返す。師匠が答えて言うには、外国人の落語会で「マクドナルド」のハンバーガーの具を詳しく説明する新作落語があり、食べたこともないのに妙に懐かしい感じがした。それで、お前も苦手な古典落語にこだわらず新作をやってみないかと水を向けるのである。これが伏線になっているのが、森田監督が死去した5年後の2016年に本作で助監督を務めた杉山泰一が監督した35年ぶりの続編「の・ようなもの のようなもの」だ。

「の・ようなもの のようなもの」の天ぷらそば大盛り

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

「の・ようなもの のようなもの」では、志ん扇師匠は既に亡く、志ん米が一門を率いている。志ん水はTVの人気者に。「金属っぽい落語」と評されていた志ん菜はバブル期に転職・起業し、チタン合金のゴルフクラブで成功を収めた。一方、志ん魚は師匠の助言に従って創作落語を始めたものの、師匠の葬式で姿を消して以来行方不明になっていた、という設定である。

物語は志ん扇師匠の十三回忌の一門追善会で、志ん魚の創作落語「出目金」を聴きたいという一門のスポンサーの斉藤女会長(三田佳子)の意向を受けた志ん米が、内弟子の志ん田(松山ケンイチ)に命じて志ん魚を探させる前半と、ようやく見つかったものの復帰する気はない志ん魚を志ん田が必死に説得する後半とで構成されている。

森田監督の遺作となった「僕達急行 A列車で行こう」(2012)で主演を務めた松山が演じる志ん田は、寄席で志ん米演じる「文七元結」に感動したことがきっかけで脱サラし、30過ぎて遅れて入門を果たした乗り鉄(鉄道マニア)の前座落語家である。志ん田による志ん魚の探索は、志ん扇師匠に毎年たまり漬けを送ってきていた志ん魚の実家がある栃木県の日光から始まり、落語家を辞めた志ん魚の兄弟子・志ん肉が名物のそばではなく肉うどん屋を営む信州、志ん魚の元妻(由美ではない)の実家がある伊豆の漁港と、遠路方々を探し回るが、一向に手がかりはつかめない。そんな志ん田に助け舟を出したのが、志ん米の娘で志ん田が想いを寄せる夕美(北川景子)だった(名前の符号に注目)。

「初音小路の都せんべいが食べたいなあ……」

初音小路は東京の谷中にある飲食街で、谷中霊園には志ん扇師匠の墓がある。志ん魚は意外に近くにいたのである。

志ん魚は古き下町の香りを残す谷中で、店番、買い物、料理、掃除、洗濯、ゴミ出しといったお年寄りの家事諸々を代行する便利屋――顧客である秋枝婆さん(内海桂子)に言わせると押しかけ――で営みながら、細々と暮らしていた。志ん田は志ん魚に密着し、便利屋を代行することで志ん魚に「出目金」のネタを再び書かせようとする。

「出目金」のあらすじはこのようである(作:二代目古今亭志ん五)。金魚すくいでデメキンをすくってきた父親に「デメキンのくせに目が小さいや」と文句を言う息子。金魚鉢の中のデメキンは息子の文句に腹が立って家出、排水溝を伝って川へ逃げ、旅に出て広い世界を見る。ブラックバスやペンギンに出会ったりの大冒険の末に帰ってきたデメキンは、なぜかリュウキンになっていた。オチは「やっぱり目が出ませんでした」。

この噺は、真打ちに昇進できぬまま姿を消した志ん魚と、お前の落語はまるで小学校の国語の作文を読んでいるようだと志ん米にディスられている志ん田のメタファーであり、由美と夕美というそれぞれの想い人にオチとして言われる決めゼリフにもつながっている。

「巴屋」の天ぷらそば大盛り。海老の天ぷらが4つも乗っているのは35年前も同じ。
「巴屋」の天ぷらそば大盛り。海老の天ぷらが4つも乗っているのは35年前も同じ。

志ん魚と志ん田、2人が奇妙な共同生活の合間に志ん米から預かったポケットマネーで食べに行くのが、「巴屋」の天ぷらそば大盛り。これというのは、前作中、エリザベスと付き合ったり女子高の落研のコーチをしたりという志ん魚の“モテキ”をうらやんだ志ん米が、ラブラブな奥さんがいるにも関わらず女子高生の電話番号を聞き出そうとするシーンで使われた思い出のメニューである。ここでのそばの味や、志ん米の亡くなった奥さんの話、夕美への恋愛相談等が志ん田と志ん魚の距離を縮めていく。志ん魚は志ん田に過去の自分を重ねてやっと重い腰を上げ、追善一門会を前にした銭湯寄席で、前座の志ん田の「初天神」の後であの「二十四孝」を披露する。しかしここで志ん田が抱える思わぬ問題が明らかになるのだった……。

本作では、天ぷらそばや「二十四孝」のエピソードに見られるように、前作と対になっているシーンが随所にあって、両作を併せて観ればより楽しめる作品になっている。ことに、クライマックスでの志ん田と志ん魚の離れた場所での「出目金」と、もう一本の驚きの演目により、落語セッションは涙なくしては見れないものがある。

そしてこの作品のもうひとつのテーマは「師弟関係」。志ん扇と志ん魚、志ん米と志ん田、志ん魚と志ん田に加え、森田監督と杉山監督にも当てはまる。本作に集結した過去の森田作品の出演者たち(下表参照)も、そのテーマを体現していると言えるだろう。

●「の・ようなもの のようなもの」のキャストが過去に出演した森田作品

出演者作品タイトル
松山ケンイチ「僕達急行A列車で行こう」
北川景子「間宮兄弟」
伊藤克信「の・ようなもの」
尾藤イサオ「の・ようなもの」
でんでん「の・ようなもの」
小林まさひろ「の・ようなもの」
大野貴保「の・ようなもの」
野村宏伸「メイン・テーマ」
鈴木亮平「椿三十郎」
ピエール瀧「僕達急行A列車で行こう」
佐々木蔵之介「間宮兄弟」
塚地武雅「間宮兄弟」
宮川一朗太「家族ゲーム」
鈴木京香「39刑法第三十九条」
仲村トオル「悲しい色やねん」
笹野高史「僕達急行A列車で行こう、39刑法第三十九条」
内海桂子「の・ようなもの」
三田佳子「おいしい結婚、海猫」


【の・ようなもの】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1981年
公開年月日:1981年9月12日
上映時間:103分
製作会社:ニューズ・コーポレーション
配給:日本へラルド
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:森田芳光
企画:鈴木光、森田芳光
製作:鈴木光
撮影:渡部眞
小道具:増島季美代
音楽:塩村宰
録音:橋本泰夫
照明:木村太朗
編集:川島章正
スタイリスト:伊藤翠、有住洋子
メイク:近江薫
助監督:山本厚、佐藤陸夫、杉山泰一
記録:宇野早苗
キャスト
出船亭志ん魚:伊藤克信
エリザベス:秋吉久美子
出船亭志ん米:尾藤イサオ
出船亭志ん水:でんでん
出船亭志ん肉:小林まさひろ
出船亭志ん菜:大野貴保
由美:麻生えりか
まりや:五十嵐知子
真代:風間かおる
佐紀:直井理奈
出船亭志ん扇(師匠):入船亭扇橋
おかみさん:内海好江
おばさんディレクター:鷲尾真知子
志ん米の妻:吉沢由起
志ん菜の姉:小宮久美子
笑太郎:三遊亭楽太郎
近所の主婦:内海桂子
由実の父:芹沢博文
由実の母:加藤治子
有名落語家:春風亭柳朝
日舞の先生:黒木まや
トルコ嬢アグネス:大川まり
オカマ・川島:小堺一機
オカマ・川添:ラビット関根
四季子:太田三枝子
弁当主婦:大熊和子
エリザベスの友達・亜矢:室井滋
志ん水の女友達:太田理奈
ナガシマ:大角桂子
お客様:永井豪
お天気おねえさん:清水石あけみ
前座・柳感:金井久
前座・君丸:小笠原勤

(参考文献:KINENOTE)


【の・ようなもの のようなもの】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年1月16日
上映時間:95分
製作会社:「の・ようなもの のようなもの」製作委員会
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:杉山泰一
脚本:杉山泰一、堀口正樹
原案:森田芳光
製作総指揮:大角正
製作:高橋敏弘、佐野真之、安田猛、矢内寛
プロデューサー:三沢和子、池田史嗣、古郡真也
キャスティングプロデューサー:杉野剛
撮影:沖村志宏
美術:小澤秀高
音楽:大島ミチル
主題歌:尾藤イサオ「シー・ユー・アゲイン雰囲気」(ユニバーサル ミュージック)
録音:高野泰雄
音響効果:伊藤進一
照明:岡田佳樹
編集:川島章正
衣裳デザイン:宮本まさ江
アソシエイト・プロデューサー:竹内伸治
ライン・プロデューサー:橋本靖
助監督:増田伸弥
スクリプター:森永恭子
落語指導:古今亭志ん丸
制作担当:福井一夫
キャスト
出船亭志ん田:松山ケンイチ
夕美:北川景子
出船亭志ん魚:伊藤克信
出船亭志ん米:尾藤イサオ
出船亭志ん水:でんでん
出船亭志ん麦:野村宏伸
蕎麦屋の出前:鈴木亮平
渡辺孝太郎:ピエール瀧
みやげ物屋の店主:佐々木蔵之介
銭湯の男:塚地武雅
弁当屋のオジちゃん:宮川一朗太
都せんべい女主人:鈴木京香
居酒屋の主人:仲村トオル
床屋の主人:笹野高史
秋枝婆さん:内海桂子
斉藤女会長:三田佳子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。