先日、羽田から福岡へ向かった時のこと。飛行機の座席に座って新聞を読み始めたところ、私の隣、通路側に座った男性にキャビンアテンダント(CA)が声を掛けて来た。「お呼びになりましたでしょうか?」。男性は、「いや、呼んでない」と答える。すると、CAの手がヌッと私に向かって伸びてきて、肘掛に載った私の腕を払いのけた。
なんと、肘掛の上面(!)にオーディオやライトを操作するボタンが並んでいて、その中にCAを呼ぶためのコールボタンもあったのだ(写真)。肘掛の側面ではなく上面に付いているから、肘掛に肘を載せたとき、当然その中のいくつかのボタンが、いずれは押されることになる。コールボタンはくぼんだ小穴の中にあるので、押しにくくはなっているが、とにかく新聞を広げた私の肘がそのボタンを押し、CAがやってきたのだった。
一度は“疑い”を掛けられしまった隣の男性に対して、私は咄嗟にお詫びの言葉が発せないでしまった。なんともばつが悪く、申し訳のないことだと、しばらく小さくなっていた。すると、その後何度か、前後の座席で同じトラブルが起こっている様子が聞こえてきた。
それからは、もうボタンに肘が当たることがないようにと、気を使うことを強いられた。しかし、ちょうど肘が載る絶妙な位置に、コールボタンがある。それが両腕の下にあるから、いつも両肘がどうなっているのか、チェックし続けなければならない。その後も何度か、ボタンを押しそうになってひやりとした。
今まで乗ったどの飛行機でも、操作ボタンは肘掛の側面に付いていた。しかも、CAのコールはボタンではなく、引くようになっているものが多かった。その形ならば、誤ってCAを呼んでしまうようなことがほとんどない。リスクの管理ができている設計だ。
それに引き換え、今回の飛行機のボタンの設計のまずさはどうか。操縦席に山ほどあるスイッチ類は、押すもの、引くもの、回すものが交互に配置され、「どれかを押すついでにいらぬものまで押してしまう」といったリスクを回避していると聞くが、ひょっとしてこの飛行機の操縦席はそうはなっていないのかも知れないと思い、ゾッとした。
人間は、エラーを起こせる環境の中では、ある確率でいずれ必ずエラーを起こす。私の肘がいい例だ。そうしたエラーを抑え込む最良の手は、エラーを起こせない環境を物理的に作ることだ。すなわち、飛行機の客席の操作パネルは肘掛の側面に付けることが、断然正しい。
私は機械を信じていないので、マニュアル車に乗っている。例えば、踏み切りでエンストして立ち往生したときは、クラッチをつないだままキーを回してセルモーターを動かせば脱出できる……と思っていたのだが、私が買った車は、クラッチを切らないとセルが回らない機構になっている。誤発進を防ぐためらしい。私の方が、機械から信じられていなかったわけだ。
かつて白松がモナカ本舗(仙台市、白松一郎社長)の工場を見せてもらった折、面白かったものの一つはトイレだった。逆性石鹸で手を洗わない限り、トイレの自動ドアが開かず、出て来れない仕組みになているのだ。実は、あるコーヒーショップの仕組みをまねたものなのだが、これは人間がエラーを起こしようがない環境作りの一例だ。
缶入り飲料のステイオンタブも、同じ趣旨のものと言っていいだろう。開栓した後、缶本体から外れるプルトップリングだと、「リングをその辺に捨てるな」と言っても捨ててしまう人はいる。「リングを缶に放り込んだ状態で飲むな」と言ってもそうしてしまい、金具を喉につまらせてしまうことはあり得る。そこで、そもそも栓が外れないという形で、リスクを管理した。
あるファストフードチェーンでは、「サラダなどのパックの中に、ビニールの小さな切れ端が混入していた」というクレームがしばしばあったと言う。この原因を調べた結果、本部の出した結論はこうだった。お客がプラスチックのフォークをビニールの包装から出す際、そのビニールがフォークの先端に引っかかってちぎれ、それがパックの食品の上に落ちる。
この問題の解決策として、「フォークでビニールを突き破らないでください」などと注意書きを記すというのは、スマートな発想とは言えない。ビニール包装の素材を改善するか、包装をやめるかを考えるのが正しい。
※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。