“米国産の代替”の先へ踏み出すメキシコ産牛肉

グローバル化時代の日本の牛肉消費を考える(3)

ブラデラス・アステカ社の工場
ブラデラス・アステカ社の工場。同社の日本向け商材は内臓肉だ

日本市場におけるメキシコ産牛肉の状況はシリーズの(1)(2)で概説しましたが、今回はメキシコの牛肉企業の日本への輸出の経緯を振り返ってみます。

品質・安全の次はコミュニケーション

プラデラス・ワステカス社(Praderas Huastecas)の工場
プラデラス・ワステカス社の工場。同社の日本向け商材は内臓肉だ

 BSE(牛海綿状脳症)をはじめとする家畜の疾患を防御し、安全な食肉を生産し、世界に供給するためには、国際獣疫事務局(OIE)が規定する屠畜に関するガイドラインなどの指針や基準に従わなくてはなりません。もちろん、牛肉輸出企業であればそれらをクリアすることは最低限必要です。

 食の安全について取材執筆を重ねている筆者は、これまでに国内外の屠畜場を取材した経験がありますが、筆者がこれまでに訪ねた牛肉生産現場では、いずれもこうした指針や基準に従っていることを確認してきました。

 メキシコの牛肉輸出の73%、日本への輸出の90%を占める最大手、スカルネ社のミチョアカン州の屠畜食肉加工工場へは今年4月、2009年以来2度目の訪問を果たしました。同社はこの5年で生産頭数(2010年約73万頭→2014年約130万頭)の大きな伸びとともに売上げも増加させてきましたが(2010年169億ペソ→2014年約305億ペソ。1メキシコペソ=7.85円)、何より印象深かったのは、「取り組みの様子をしっかり伝えよう」という姿勢が強く感じられたことです。

 屠畜やパッキングの現場は、約500kgの牛の巨体を吊るすホイスト(巻き上げ機)が大型のレールにつながってビュンビュン動き、機械騒音が激しく、また冷蔵温度に保たれているためとても過酷な環境で、日本では働く人に危険手当てや防寒手当てなどがつくほどです。そんな現場での視察は工場内では、説明者のすぐ前に立ってやっと声が聞こえるぐらい。かと言って説明者を何人もの取材者が取り囲む余裕もありません。しかも、かなり寒いのです。屠畜場は働いている人ももちろん大変ですが、慣れない見学者が取材するのにもかなり過酷です。

 そんななかで今回の取材では、通常の見学者用の装備(ヘアネット、マスク、白衣上下、長靴、ヘルメット)に加えて美術館の見学さながらのイヤホンが配布されたのでした。さらに、防寒ズボンと長靴の中にはく防寒用の靴下も配布されました。これにはたいへん感動しました。こうしたところに、単に生産量が増加しただけでなく、コミュニケーションを重視する企業としての成長ぶりが伝わってきました。

対日輸出に力を入れ始めたメキシコ

 スカルネ社は、牛肉についてこの屠畜食肉加工工場を含め、全国で4カ所を操業しています。屠畜数は1日約4200頭。それぞれの工場での処理頭数は確実に増えており、ミチョアカン州の工場では訪問時は1500頭/日でしたが、ほどなく1600頭/日になると教えてくれました。また、1年以内に2000頭/日を処理する5番目の工場を建設する計画もあり、増産の一途です。

 また、同社の特徴は、肥育から屠畜、加工までの一貫した生産体制にあります。取材した工場にはラテンアメリカ最大のフィードロット(肥育場)が併設されていました。

 メキシコは、1980年代からわずかな量の牛肉を日本に輸出していました。1991年の日本の牛肉輸入自由化以前は、当時の輸入割り当て制度における枠で年間約4000tを日本へ輸出し、日本では給食用などに活用していた時期があるといいます。しかし、ほどなくして停止。

 その後、前回説明したように米国でのBSEが発生し、米国産牛肉の日本への輸出が止まりました。そのとき、メキシコはBSEの非発生国につき、日本へ輸出が可能でした。そこで、メキシコは米国が引き上げた後の日本の牛肉市場に食い込んだわけです。

 とは言え、それも一時的な米国産の“代替品”の位置付けで、輸出は伸び悩みます。ところが、2004年に日本とメキシコで締結された経済連携協定(EPA)がメキシコの日本への牛肉輸出を後押しすることになりました。現在はTPP交渉の真っ最中で、日本の輸入牛肉の関税引き下げが焦点となっていますが、TPP交渉国のメキシコは、すでにEPAに基づく関税割り当て制度が2007年度から3000t/年のメキシコ産牛肉にも適用され、38.5%の牛肉(正肉)関税が、30.8%に引き下げられたのです(2008年度4000t/年、2009~2011年度6000t/年、2012年度1万500t/年、2013年度1万2000t/年)。

 メキシコ政府による対日輸出促進策も強化されました。メキシカンビーフ輸出協会が設立され、日本へのプロモーションがさかんに行われるようになりました。

これからはコスト管理力が勝負に

 この間、業界最大手のスカルネ社も2007年に日本事務所を設立。日本の食肉輸入事業者との直接取引を開始し、さらに2012年には日本法人を設立し、現在は自社で日本への輸入販売を行っています。

 メキシコ産牛肉の日本への浸透は、米国産やオーストラリア産の牛肉に比べて価格競争力があることも理由の一つと考えられます。その背景には、メキシコの労働賃金の安さがあります。

 しかし、日本への輸出を中心に業績を上げてきたスカルネ社ですが、利益確保はだんだん難しくなっているとのことです。たとえば、平均280kgの仔牛を仕入れ、約150日間で平均500kgに太らせて食肉加工に回るのですが、その利回りはkg当たり30ペソで仕入れて、同31ペソで売るというような厳しい状況ということです。

 したがって、コスト管理がいよいよ重視されるようになっているわけですが、そのコストには安全や衛生についての取り組みも含んでいます。食の安全を考える上では、ここに注目しないわけにはいきません。

 そこで次回は、グローバル化時代の牛肉産業が、安全や衛生についてどう考えていくべきかについてフォーカスします。

《つづく》

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About 中野栄子 4 Articles
日経BPコンサルティング プロデューサー なかの・えいこ 慶応義塾大学文学部心理学科卒業。日経BP社『日経レストラン』副編集長、『日経イベント』副編集長、『FoodBiz』コンテンツマネジャー、『BiotechnologyJapan』副編集長、専門ウェブサイト『FoodScience』編集責任者などを経て2010年から日経BPコンサルティングへ出向、メディアプロデュースを手掛ける。専門分野は食、健康、医療。とくに「食の安全」分野では、執筆、講演を多く手掛け、厚生労働省、農林水産省、東京都、埼玉県などの食の安全関連の委員会委員を歴任。現在、農林水産省農林水産技術会議評価専門委員、東京都食品安全情報評価委員。著書は『食品クライシス』(日経BP社、共著)など。●日経BPコンサルティング スタッフルーム http://consult.nikkeibp.co.jp/staffroom/archives/20140116_204/