増収と拡大/フィリピンの遺伝子組換え作物栽培(1)

ルソン島
ルソン島

フィリピンでの遺伝子組換え(GM)作物の栽培と研究の現状を取材し、その価値を考える(3回連載)。最初に同国でトウモロコシを栽培する農家の話を聞いた。

 GM作物というと、わが国では一般消費者の間で危険視する傾向が強く、商業栽培は行われていない。だが、本当に危険なのだろうか。

 生産者、研究者の側から見ると、全く異なった様子が浮かび上がってくる。すでに世界27カ国で商業栽培が行われ、わが国への輸入作物の中にも相当量含まれている。商業栽培面積の上位10カ国のうち途上国が8カ国を占め、いずれも国策として商業栽培を推進している。

 アジアで唯一、国を挙げてGMトウモロコシを商業栽培し、トウモロコシの輸入国から輸出国に転じたフィリピンの現状を報告する。

経営拡大する農家

イザベラ州の州都カウアヤン市内の市場
イザベラ州の州都カウアヤン市内の市場
イザベラ州カウアヤン市の農家研修センターに集まった地元の農家
マニラから北約330㎞にあるイザベラ州カウアヤン市の農家研修センターに集まった地元の農家。「GMトウモロコシの栽培で収入が増えた」と異口同音に語る。

 ルソン島北部、首都マニラの北約330㎞にある同国第2位の広さのイザベラ州。中央に国内最長のカガヤン川が流れる。

 その両側の肥沃な大地にGMトウモロコシ畑が広がる。国内のGMトウモロコシの4割近い量がこの州で収穫されている。

 暑い日差しの中、カガヤン川西側に位置するカウアヤン市内の道路を砂ぼこりをあげて車で進むと、種子や農薬を主力商品とするアグリビジネスの多国籍企業シンジェンタの農家研修センターに着く。

 このセンターでは、非GMトウモロコシなどを地域の伝統的な方法で栽培するとともに、殺虫剤を大幅に減らせる害虫抵抗性(Bt)、除草剤をかけても枯れない除草剤耐性(Ht)の両方の性質を持つGMトウモロコシも並べて栽培している。両方を比較し、収量の違いなどを農家に知ってもらうことなどが大きな目的だ。

 同時に、GMトウモロコシを栽培している農家と今後の栽培を検討している農家など農家同士の情報交換の場でもある。

 そこに集まっていた地元の農家の人々にGMトウモロコシについて感想を聞いた。

 地元カウアヤン市の農業ジュント・ベルナルドさん(45歳)は「以前からトウモロコシを栽培していたが、手作業で雑草を刈っていたため手間がかかり、害虫にも悩まされ、2haしか管理できなかった。2005年にGMトウモロコシの栽培を始めてから管理する苦労が減り、収量が増えるなど余裕が出てきた。オートバイも買うことができた。畑を少しずつ買い増した結果、現在自分の畑は10haある」と笑顔を絶やさない。

 フィリピン全土の農業従事者1人当たりの平均の栽培面積1.5~2haと比較すると、相当大規模な農業経営と言っていい。

 2004年からGMトウモロコシを栽培しているというアルディ・ラウレックさん(35歳)も「今は人力で除草しなくて済むうえ、害虫による被害が減った。従来よりも収量が40%増えた」と言い、ベルナルドさんと同様に少しずつ土地を買い増して、収穫期には2人を雇って作業している。

「除草剤の購入費用を含めた経費は、依然は1ha収穫するのに5000ペソ(1ペソ=2円強)かかったが、今は1500ペソで済む」と顔がほころぶ。

 ヤナハン・アベマナハさん(62歳)はさらに進んで「害虫抵抗性、除草剤耐性に加え、乾燥耐性や台風に強い形質の品種があれば、すぐにでも栽培したい」と意欲的だ。

 2013年11月、フィリピン中部を横断する台風30号で6000人を超える死者のほか、農産物にも大きな被害が出た。アベマナハさんはこれが念頭にあるようだ。

「日本ではGM作物への反対が依然として強いが……」と水を向けてみると「この地区でもGMトウモロコシの栽培が始まった2000年代初めには不安を覚え反対する農家が少なくなかった。だが、そのトウモロコシが安全だとわかると少しずつ栽培農家が増えていった。今、反対者はいないのでは……」と異口同音に語る。

メリットは体験で知る

イラガン市の丘陵地で一面に広がるGMトウモロコシ畑。
イラガン市の丘陵地で一面に広がるGMトウモロコシ畑。
プレスリー・コルプッツさん、ジョナリンさん夫妻
イザベラ州イラガン市のプレスリー・コルプッツさん(左)、ジョナリンさん夫妻。「今の生活は豊かです」と自分のGMトウモロコシ畑の前で率直に語る。

 こうした状況について、センターのあるスタッフは「農家にGMトウモロコシによる収量や収入の増加、労力の軽減などを体験してもらうのが何より大切で、それが口コミで他の農家に伝われば栽培農家は次第に増えてくる。新聞やテレビで広報するだけではだめだ」と強調していた。

 場所を移動。カガヤン川を北上し、川の東側のイラガン市にあるGMトウモロコシの畑を訪ねた。

 やや傾斜がある土地の一角で、プレスリー・コルプッツさん(33歳)、ジョナリンさん(32歳)夫妻が待っていてくれた。

 夫のプレスリーさんは代々の専業農家で、農業学校で近代農法を学んだ。妻のジョナリンさんは小学校の教師。2年前までは0.3haの土地で細々と非GMトウモロコシを栽培していた。

「管理がしやすいことを知り、GM品種に変えたところ時間的に余裕が出てきて、もっと広く栽培できるようになった。現在は3.5haでGM品種を栽培している。半分は自分の畑で、半分は借りて栽培している。播種は夫婦2人でできるが、収穫時は1人1日150ペソで最大18人を雇って作業を行っている」とプレスリーさん。「1ha当たりの種子代は非GMでは60米ドルだったが、GMにすると200米ドルに上がった。だが収量が増え、純利益は1ha当たり1400米ドルと以前の2倍近くになった」と喜ぶ。ほかに自分の農地0.8haで非GMの従来種のコメを栽培している。

「今の生活は豊かですか」と尋ねると、即座に「Yes」と率直な言葉が返ってきた。

 これらのGMトウモロコシ栽培農家が口をそろえるように、非GMのトウモロコシ栽培からGMに切り替えたのは、経済的なメリットを実感するようになったからだろう。

 その一つは、殺虫剤を減らせたうえ、収量が大幅に増加することで利益が増えたことだ。いま一つは除草の労力が省けるようになって時間的な余裕が出てきたことから大規模栽培が可能になったということだ。1ha当たりの収量は非GMでは2~3tだったが、GMに切り替えると4~6tに倍増。種子代が非GMよりも高くつくが、労働コストの低減など含めて総合的に見ると30~40%の増収につながったのだろう。

 国際アグリバイオ事業団(ISAAA)によれば、GMトウモロコシの導入により、フィリピン全土の平均で、収量は最大34%、個々の農家の年収は最大75%増加、殺虫剤の使用は最大60%減ったという。

《つづく》

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About 日比野守男 4 Articles
ジャーナリスト ひびの・もりお 名古屋工業大学卒業、同大学院修士課程修了後、中日新聞社(東京新聞)入社。地方支局勤務の後、東京本社社会部、科学部、文化部などに所属。この間、第25次南極観測隊に参加。米国ワシントンDCのジョージタウン大学にフルブライト留学。1996年~2012年東京新聞・中日新聞論説委員(社会保障、科学技術担当)。2011年~東京医療保健大学教授。